神座桜縁起 前編

第12話:花鳥風月常世郷

 

 二人の姿は、閑寂な銀世界にあった。

 里を離れて幾許か、海岸や鉱山への通り道からも外れた見晴らしのいい崖の上で、恋離はこまりと――いや、常世郷花鳥と向かい合っていた。

 

 あの後宿にも寄らずに来たものだから、花鳥はすっぴんのままで、選ばれたこの舞台も気を抜けば雪に足を取られるような酷い場所だ。そこに、強行軍を終えたばかりの恋離が疲れた顔をぶら下げているのだから、客が集るような光景ではなかった。

 しかし、恋離も花鳥も、二人だけのこの舞台を良しとしていた。

 この舞踊は見世物であってはならない。先導した花鳥の背中はそう語っていて、恋離にも異論はなかった。後世の芸術家が垂涎する舞を独り占めするつもりはなく、神座桜に見守ってもらう必要さえないのだと、自然と納得していた。

 

 俯いてばかりだった恋離が今、背筋を伸ばせているのは、ひとえに花鳥がそれだけの姿勢で相対してくれているからだ。

 石板の仮面を被り、扇をはらりと流麗に顕現させる花鳥に、懐かしき古鷹を思い出す。

 ある意味恋離は既に呑まれているとも言える。けれど、仮面の系譜に導かれた時点で、袖から引っ張り出されていたようなものだった。

 

「…………」

 

 故に、語る言葉は持たず。舞台の上にて許されるのは台詞のみ。

 これから行われるのは正しく舞踊なのだと、指先までぴんと張り詰めた花鳥の構えが強いてくる。それもまた、無言でもう一度倣うよう求めてきた父親を想起させたけれど、少しでも相手に集中するにはちょうどよかった。

 

 防寒着にしていた衣を戻し、代わりに手にするは花鳥と同じ扇。

 象徴武器でも顕現武器でもない、ただの模倣品。

 半端者が持つにはお似合いの贋作と共に、恋離は花鳥の鏡映しになるような構えを取った。

 

 灰色の空の下を流れる寒風が、積もった粉雪を撫でていく。

 やがて二人の呼吸が、拍子の速さを示し合わせるように共鳴を始める。

 そして、それは揃った。

 緩やかな加速のある、戦いの到来を予感させる打拍に、口は鼓の音を鳴らした。

 

「「ハッ!」」

 

 重なった開演の合図が、広大な雪原に溶けていく。

 最初はどちらも、ゆらゆらとそよ風に弄ばれる細雪の如く舞い、前へ詰めていく。描き加えられた情景は、まさにこの仄暗いだけの曇天に欠けていたものだ。

 

 そして、役者同士がしばしば向かい合う距離で一度足踏みした恋離は、開いた扇を剣閃の如き鋭さで飛ばした。

 無論、と言うように、花鳥からもそれは同時に放たれる。

 獲物を奪い合う鷹のように交錯した二枚の扇は、互いの主を啄んだ。

 

「っ……!」

 

 内心覚悟していた恋離は、腕を切り裂かれた痛みを密かに奥歯で噛み殺した。全く顔の強張っていない花鳥との差も、一緒に呑み込んだ。

 白銀になびいた桜吹雪を手繰り寄せるようにして、再び扇を顕すと、残りの間合いへ互いが互いの動きを窺うように踏み込んでいく。それは二人が背中合わせで肉薄するまで続き、息を呑むような間隙が生まれた。

 

「「…………」」

 

 実に美しく、呼吸の合った演舞であり、演舞の始まりだった。

 それから恋離は、くるりひらりとその場から離れ、何度も稽古を重ねたかのようにぴったり同時に花鳥と目が合った。

 彼女の顔の右半分を覆う仮面が、淡く輝く。

 ここから第二幕が始まる――歴史を俯瞰する相貌にそう告げられているようで、恋離の脳裏で存在しないはずの台本を捲る感触がした。

 

 カカッ、と花鳥が下駄を鳴らす。前進の号令が、一回り速い。

 加速した動きで繰り出されるのは、閉じた扇を刃に見立てた剣舞だ。もちろん刀身が短すぎるため、当てに行くためのものではないし、互いが避けることを前提とした舞の一部だ。

 しかし、これは花鳥からの挑戦でもある。

 どれほどの間、舞で在り続けられるか、と。

 大仰に仰け反って反撃を仕立てようとした恋離の手が、先んじてはたき落とされた。

 

「ぐ……」

 

 恋離が思っていたよりも、展開がさらに速い。

 花鳥の仕掛けてきた舞は、十の舞の中に一の刃を仕込む程度の比率だというのに、その十の舞自体が息をもつかせぬほどの速さで生み出されていく。それでいて精緻にして華美な印象を失っていないのだから、花鳥だけ別の時間の中に生きているようだった。

 

 恋離とて、あらん限りの技を駆使して食らいつこうとはしている。だが、加速を続けていく花鳥の動きは、もはや斬舞乱武祭でのそれをさらに越えて、恋離の理解の及ばぬ領域へ踏み込もうとしていた。

 ほとんどが当てるつもりのない打撃であろうと、その全てが身体に突き刺さる予感がする。

 舞という意味では、花鳥の持つ幻の刃の全てを捌かなければ相手としては不足も甚だしい。しかし、本当に相方が務まる舞手が存在するのかと、恋離は戦慄していた。

 

 北限帰りだからなんて理由にもならない。虚弱な身体を捨てたくらいではまるで届かない。斬舞乱武祭から成長していない恋離に、元より並び立てるはずがなかったのだ。

 花鳥の動きは、あのときからさらに洗練されている。

 恋離が見せた動きを自分なりに解釈し、昇華させている。

 未来の技を用いたはずなのに、これこそが未来へ繋がる源流であるような、そんな矛盾した因果すらを思わせる。

 

「あッ――」

 

 手首を打たれ、思わず扇を取り落とした。すかさず来る追撃を桜花結晶で弾き、纏った衣を大きく振り回して肉薄を一瞬拒否する。

 その様子を、花鳥は咎めるような眼差しで見ていた。

 向き合わなければならないものがあるはずだ、と。

 これは、美を追求するための稽古ではない。叱るような花鳥は、何も超人的な舞を恋離が同じ舞で上回ることなど期待していなかった。驕っているわけでも見下しているわけでもなく、求めていた演目ではないと謗っているだけだった。

 

 ならば、と恋離は覚悟を決めた。

 人間の舞踊家・夜山恋離として、伝説の舞踊家との共演にかまける余裕はない。

 まずはこの戦いに、食らいつく。

 

「……!」

 

 花鳥の動きが、ほんの一拍止まった。

 翻した衣の奥から現れたのが、置いてきたはずのトコヨであれば無理もない。

 そのまま恋離は切り返し、するりと花鳥の腕の間を抜けて、開いた扇で逆の袈裟斬りを見舞った。

 

 けれど、桜霞に透けて見えた花鳥の顔に、動揺は全くなかった。

 そのまま旋回して一歩下がったかと思えば、すぐさま元の調子を取り戻してトコヨに扮する恋離を苛烈な演舞へと誘い込む。異常な技を前に心揺らがぬその様は、花鳥の集中力によるものか、あるいはこの問答の舞台がそうさせるのか。

 

「やッ……!」

 

 発声と共に力を捻り出し、しなるような花鳥の一撃を弾く。しかし、相手には全く力を込めた様子がなかったのに、威力を散らしきれずに力負けしてしまう。本来ならそのまま地面に転ばせるほどの投げに繋がるところだが、花鳥の芯の強さを崩しきれていなかった。

 トコヨ本人であれば、難なくこなすだろう。けれど、恋離は決してトコヨではない。

 よく知ったメガミだけあって完成度は高くとも、極致においてはその差は歴然だった。権能ゆえか多少動きや判断は良くなったものの、本質的には意味のない抗いだったのである。

 

 そして、当然のように花鳥の舞に置いて行かれ、展開の中に取り残される。

 右肩に突き刺さった扇は、偽物を拒絶するかのようだった。

 

「くっ……」

 

 突き放された勢いを回転して殺し、苦渋を漏らしながら再び衣を翻す。

 次に纏ったのは、メガミ・オボロだ。手にした複数の鋼の糸を花鳥めがけて送り込み、特有の大胆な身のこなしの途中であった両腕を絡め取ろうとする。

 花鳥はそれに、初めて結晶二つを盾にして、引き絞られる前に糸を吹き飛ばした。見えづらい糸の軌跡を的確に見定める観察眼に、恋離は舌を巻く。

 

 さらに、だ。花鳥は、退けた鋼糸の合間を縫うことなく、後ろへ跳ね跳んだ。

 恋離の足元の雪には、よく見なければ分からない、無数の穴が開いていた。飛び散った雪塊のせいだと見逃してしまいそうなその罠の痕跡を、僅かに下を向いた花鳥は看破して、反撃を誘っていた恋離の狙いから逃れたのである。

 

 けれど、離れた間合いだからこそ使える手がある。

 衣に戻りかけていた鋼の糸が、恋離の手元に収束して二丁の得物となる。

 この時代において反則じみた炎弾が、花鳥の身体を貫いた。

 

「が、ッ――」

 

 反射的に漏れた声が、噛み殺される。一発、二発と打ち込まれた腹の背中側から、翼を広げたような大量の桜が舞い散った。

 このまま攻めきるべく、ヒミカに変じた恋離は続けて引き金を引く。

 だが、

 

「なん――」

 

 カチリ、と金属が擦れる音がするだけで、凶弾は放たれない。

 見れば、花鳥に付き従っていた仮面が静かに輝いていた。まるで、『連弾が花鳥を襲う』という筋書きは元から存在しなかったのだと、封殺しているかのようだった。

 否、実際、妙な筋書きを用意したのは恋離のほうだ。

 メガミに化けるという面妖な技を使うくせに、オボロやヒミカのことは多くを知らない。そんな偽りを武器にして作り出した胡乱なる状況は、否定されて当然だった。

 

 ここは、付け焼き刃で立ち向かうべき場面などではない。たとえ偽りしか手に残されていなかったとしても、反証されないだけの強かな嘘を刃へ変えなければならない。

 選択肢はもう、限られていた。

 手を伸ばしたのは、恋離が心を欠片程度には通わせた、あの小さな影。

 かつてその身に宿した、大いなる影の残滓たるメガミ・ウツロを――己が知り、花鳥が知るはずもないその姿を、恋離は纏った。

 

 

「影よッ!」

 

 手で眼前を払えば、影が彼我の狭間の宙空に壁を築く。飛来していた扇がそれに勢いを吸われ、はらはらと落ちていく。

 恋離は、その扇ごと両断する勢いで、影の大鎌を掬い上げるように振るう。地面を潜った大鎌の刃は大地を走り、扇の持ち主を足元から断ち切らんと迫っていく。

 

 壁の壁が溶け、向こう側に残身を保ったままの花鳥の姿が見える。距離を超えるこの大鎌を知らぬとはいえ、はっきりと動きが止まっているのは実にらしくなかった。いや、恋離が今意外に思っていること自体が、花鳥の演技の賜だったのかもしれない。

 この場面に満ちた空気のせいで思い込まされていたが、恋離は一方的に追い詰められていたわけではなく、花鳥も限界を迎えているのだろう。人の身では、あの尋常ならざる動きはやはり綱渡りでしかなく、銃弾によってついに決壊したのかもしれなかった。

 

 ただ、決着が見えたというのに、勝利の意味を理解できていなかった。

 まだ答えを手にしていなくとも、這った影から飛び出した大鎌の刃が、花鳥を襲う。

 だが、

 

「あたらよ、ちよに」

「……!?」

 

 花鳥に触れた傍から、影の刃がかき消え、霧散していく。

 初めての台詞らしい台詞は、まだ辿るべき筋書きがあると告げる語り手のよう。

 物語は続く――仮面に顔全てを覆われた花鳥は、そう告げているのだ。

 

 ならば、演者に求められるのは次の展開だ。

 花鳥が語り部となるならば、残る役者は一人しかいない。

 曙光が、呆然とする恋離を焼いた。

 

「ほかげ、きらぼし」

 

 心もとなかった結晶が、蒸発するようにウツロの小さな身体から溶け出していく。

 痛みはない。あるのはただ、果てしない焦りだけ。自分一人だけが立つ舞台の上で、一挙手一投足に注目させるように照明を当てられているあの感覚だった。閉幕を間近に控えているという意識が、脂汗を滲ませる。

 

 

 纏った影の衣が照らし出され、背後に伸びるは影法師。

 これ以上を求められ、頭の中で無数に開いた後の引き出しを前に膝をつく。

 この状況に恋離はさらなる敗北と道標の喪失を味わい、腹の底から焼けるような焦燥感を覚えるのだろう――

 

 

 

 そう、恋離は推察した。

 

 

 

 今度は、恋離が止まった時間の中で物を見ているかのようだった。

 推察してみた瞬間、どうしてか心持ちに落ち着きが出た気がした。炙られた焦りが、なくなったわけではないにせよ、壁一枚隔てたように感じられた。

 まるで、今恋離が目の前にしている、ウツロに変じた恋離に焦燥感を置いてきたような。

 

 そこで恋離は、自分が自分を見ているような――この戦いの情景を俯瞰しているような視野も、何故か持っていることに気づいた。

 恋離の瞳は、相変わらず花鳥を真っ直ぐ見ている。なのに、自分の後ろで倒れているはずの影法師がどんな形なのか、前を向いていては見えないはずなのに、はっきりと見えていた。不思議な感覚なのに、あまり驚きはなかった。

 

 それよりも、舞台で光を浴びるウツロという光景の珍しさが目についていた。

 この時代ではおそらくほんの一握りからしか認知されていないはずのメガミ。

 未来でも存在はしつつも、零れ落ちたひと雫だけが世に形を成したメガミ。

 ヲウカから分かたれ、そして今は志水の中に眠るメガミ。

 

 

 

 そんな影のメガミの役割は何か、恋離は考察した。

 

 

 

「あ……」

 

 思わず漏れる細い声。衣が、解けていく。

 影法師からまろび出た恋離の小さな姿は、自然と前へと踏み出していた。

 待ち受けるのは、仮面によって表情の窺えない花鳥。今になって、酷使された身体から湯気すら立っているのが恋離の目に入った。

 そして恋離は、感じるがままに衣の槍を放ち……それは、嘘のように容易く、花鳥の腹を貫いた。

 

「かぁッ……!」

 

 彼女の身体から、結晶が飛び出す。最後の護りは砕け、儚く散っていった。

 決着は、確かに成った。決着そのものを求めてはおらずとも、結果はここに現れた。

 花鳥の仮面が桜に解けていく。衣の槍を抜き払った勢いで彼女はたたらを踏み、恋離は反射的に支えようと歩み寄った。

 しかしそこで、隠れていた花鳥の面持ちが顕になり、恋離はやや戸惑った。

 

 花鳥は花鳥で、何かに驚いていた。それが敗北そのものではないことくらいすぐに分かったけれど、彼女が自分の中に気づいたその何かまでには思い至れない。

 恋離は面食らいながらも、よろける花鳥に手を差し伸べようとした。

 だが、やや俯いていた花鳥が、表情そのままに瞳だけを恋離に向けた。身長差ゆえに、それでも少し見下ろすようで、恋離の視線は逆に上に傾いた。

 

 ……だから、反応が一寸遅れたのだ。

 花鳥の腕が伸びてきたかと思えば、その右手には未だ還っていない扇が握られている。

 その緘尻を――刀における柄頭である扇の根本を、恋離の左の目玉にめがけて。

 余った結晶でも無事である保証のない、殺す気の刺突だった。

 

「……!?」

 

 戦慄が、恋離の身体を動かした。

 思わず仰け反ると同時、衣が花鳥の右腕に巻き付いた。しかし、容赦が頭をよぎって貫かなかったのが悪かったか、慮外に力強い花鳥に対して押し返せず、僅かに外側に逸らすのが限界だった。

 目尻の皮膚が攫われる。顔が、削り取られる。

 

 さらに、腕に巻き付けた衣をぴんと張っていたのが災いして、突き出した花鳥の腕に引っ張られる形で恋離の身体が後ろへ傾いだ。無論、腕にぶら下がられる状態となった花鳥も体勢を崩し、双方踏みしめられた雪の上に投げ出された。

 しかし、その段になっても、花鳥は何かに導かれるように淡々と襲い続けてきた。

 

「なん、でっ……!」

 

 唐突な出来事が不気味に続く感覚に、恐怖すら覚える。

 花鳥からは負の感情が全くと言っていいほど感じられないのが、この舞台に恋離を呼んだ彼女そのままであるようでいて、だからこそ狂気じみている。

 体格で劣る恋離は、衣を全力で動員しつつ、がむしゃらに自分を守った。もはや取っ組み合いのようになっていて、トコヨから技を借りるにも打破できるものなどありはしない。

 

 だが、体力を消耗していたのは花鳥のほうだ。攻防は、それほど長くは続かなかった。

 気づけば、恋離のほうが花鳥を押し倒す構図になっていた。

 仰向けに倒れた花鳥の首筋、その一寸横を、鋭利な衣が貫いている。

 ぬらり、と掠めた傷から、微かな桜色の輝きと、珠のような赤い血が滲み出した。

 

 慣れたようで馴染まない、死の色だった。

 語り継がれるべき至宝が、失われかけた色だった。

 ぞっとして、乱闘の興奮とないまぜになって、手から力を抜いた。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 互いの荒い息遣いを、嫌というほど恋離は感じる。

 花鳥はそこで、暴れるのをやめていた。解けていく扇を手放して、じわじわとその口元が弧を描く。

 二人の目が、互いを見つめ合っている。今起きたことを、咀嚼し合うように。

 たった一寸の差で、それは、濁った瞳となり得たかもしれなかった。

 

 

 

 その様子を恋離は認識していて、はっきりと理解した。

 これはきっと、いくらでもあったことなのだと。

 

 

 

 地面についた手に、雪のような光の粒子が舞い落ちる。

 解けた仮面の光がようやっと地に至り、はらはらと恋離へ降り注いでいた。

 

 

 

 

 

 賑やかな通りを抜け、閑静な街並みを恋離は一人行く。

 立ち並んでいた商店の姿も消え、屋敷を囲う塀ばかりが目につくようになった頃、笠を目深に被った男が路地から現れた。

 旅装に身を包んでいたとはいえ、幼く見える恋離は場違いだった。険を含んだ親切心が、道行を訪ねる彼の声に滲んでいた。

 

 けれど、恋離が何か答えるなり、男は意外そうに小さく驚いた。そして怪訝な顔つきになりながらも、自分を納得させるように頷いて彼女を路地へ導いた。

 やがて男が示した裏口から、ひっそりと建っていた屋敷へ足を踏み入れる。

 薄暗い邸内を進み、弛まず歩み、尋ね人の居る間の前で足を止める。

 

 

 

 これがずっと望んできたことのようで、それでいて受け入れられないような気もして。

 けれど今、このときだけは、向き合いたいと思ったから。

 

 

 

 意を決し、戸に手をかける。

 立ち止まっていては、可能性は開かれない。

 撒かれた種を、無駄にしてはならない。

 間近に控えた大きな変化に、飛び込んでいかなければならない。

 たとえ、咲く花の色が違ったとしても。

 

 

 

 だから被ろう、道化の面を。