神座桜縁起 後編

最終話:桜降る代の英雄たち

 

 多くの戦場があった。多くの人々が戦っていた。

 桜降る代に要の如く点在する大桜、それらを巡る最も苛烈な攻防。

 押し寄せる怪物に比して小さく、それでいて巨大なメガミたちの奮戦を人々は記憶する。

 

 しかし同時に、彼らは目の当たりにすることとなる。

 悍ましき二人の姉妹の姿を。

 枯れゆく花々を。

 戦場、その全てで。

 

 

 

 

 

 各地へ繋がり合う縁の糸が、足りない。

 怪物の巨体をいなし続けていたユキヒの顔に、焦燥が色濃く浮かんでいく。鮮やかだった縁から彩りが欠けるその意味を、彼女は誰よりも理解し、故に理解に苦しんでいた。

 その動揺を、同じ戦場を駆けるライラが感じ取る。

 何か手を打つ必要がある――そう交わし合う前のことだった。

 

 大地から、骸晶の蔦が隆起する。

 夕焼けの空が、歪な星空に染まる。

 煙家に現れたる、二体の徒神。

 

 対し、メガミたちの決断は迅速で、残された力全てで以て迎え撃つ。

 元来の権能の残滓を簪に込めて、蠢く歪な大地へ死を呼び込んだ。

 荒ぶる稲妻が、広がりゆく星空を引き裂いた。

 しかし、顕現した絶望を滅ぼすには至らない。

 

「……どちらの力も、悲しいだけです」

 

 イヌルがユキヒに語り掛ける。

 縁の象徴が、蔦に呑まれ地に消えた。

 

「そんなの信じても、いいことないわ」

 

 アクルがライラに語り掛ける。

 風雷の象徴が、瞬き一つで虚空に消えた。

 

 守りを失った湯煙桜が、骸晶の蔦に包まれる。

 桜降る代から、光が一つ、消えた。

 

 

 

 

 

 ミズキが覚えた違和感は、すぐさま警戒に転化された。

 背に守る神座桜と己の結びつきが、弱まった。消去法かつ合理性で配置されたという自覚があるからこそ、大量の敵味方入り乱れる混沌とした戦場にあって、即座に気づけたのだろう。

 感づいた気配のないミソラは、悠々と鏡まで射抜いている。

 しかし、斥候を送る判断は、不要だった。

 

 大地から、骸晶の蔦が隆起する。

 薄暮の空が、歪な星空に染まる。

 瑞泉に現れたる、二体の徒神。

 

 対し、メガミたちの狙いは正確で、抱えていた余力を投じて迎え撃つ。

 兵の陣容を直ちに整え、奇怪な大地を槍衾の餌食とした。

 迷いなく放たれた矢が、空を覆い隠す星空を撃ち抜いた。

 しかし、顕現した絶望を滅ぼすには至らない。

 

「……辛くないですか。そんなに抱えて」

 

 イヌルがミズキに語り掛ける。

 守護の象徴が、蔦に呑まれ地に消えた。

 

「自由で素敵ね。そのまま消えたら?」

 

 アクルがミソラに語り掛ける。

 空の象徴が、瞬き一つで虚空に消えた。

 

 守りを失った翁玄桜が、骸晶の蔦に包まれる。

 桜降る代から、光が一つ、消えた。

 

 

 

 

 

 かつて最強と謳われた男を介した縁は、未だ力強かった。

 ハガネとヒミカにとって、その雄々しき桜を守らぬ道理はない。ユキヒの権能は、あくまでその後押しに過ぎなかったのである。

 しかし二柱の感覚は、その些細な力の消失を伝えていた。

 大物が来るという直感が、ここが次の決戦場だと告げていた。

 

 大地から、骸晶の蔦が隆起する。

 宵の空が、歪な星空に染まる。

 龍ノ宮に現れたる、二体の徒神。

 

 対し、メガミたちの威勢は強く、情念を激しく燃やして迎え撃つ。

 鉄槌が山のように膨らみ、腫瘍の如き大地を打ち砕いた。

 猛き紅蓮が数多の銃弾と化して、冷たい星空へ迸った。

 しかし、顕現した絶望を滅ぼすには至らない。

 

「無理に、変わらなくても、いいんです」

 

 イヌルがハガネに語り掛ける。

 大地の象徴が、蔦に呑まれ地に消えた。

 

「あなたはもう、怖くなくなっちゃった」

 

 アクルがヒミカに語り掛ける。

 炎の象徴が、瞬き一つで虚空に消えた。

 

 守りを失った希龍桜が、骸晶の蔦に包まれる。

 桜降る代から、光が一つ、消えた。

 

 

 

 

 

 最も噛み合わない二つの歯車は、だからこそ奮戦の礎となった。

 互いに守るとは程遠い、合わせられたヲウカとシンラの背中。譲れぬ相手よりも先に膝をつくわけにはいかず、抱いた意志を貫くためにも怪物を尽く退け続ける。

 故に、それを挫く存在の到来を見逃すことはなかった。

 

 大地から、骸晶の蔦が隆起する。

 夜の空が、歪な星空に染まる。

 蟹河に現れたる、二体の徒神。

 

 対し、メガミたちは同時に矛先を変え、信念のままに迎え撃つ。

 勾玉が生む光と影が、忌々しきに果てた大地を排斥する。

 この場の真理をも規定する言の葉が、天を蝕む星空を否定する。

 しかし、顕現した絶望を滅ぼすには至らない。

 

「未練いっぱいの、根無し草だなんて」

 

 イヌルがヲウカに語り掛ける。

 亡き桜の化身が、蔦に呑まれ地に消えた。

 

「儚い妄想だわ。本当にかわいそう」

 

 アクルがシンラに語り掛ける。

 弁論の象徴が、瞬き一つで虚空に消えた。

 

 守りを失った桐子桜が、骸晶の蔦に包まれる。

 桜降る代から、光が一つ、消えた。

 

 

 

 

 

 トコヨとオボロの演舞は、月が顔を出しても終わることを知らなかった。

 徒寄花の怪物との共演という、剣呑に過ぎる演舞。一糸乱れぬ彼女たちの動きは、たとえ観客が絶えようと幕を降ろさぬ覚悟を感じさせる。

 けれど、即興劇に波乱が起こることもまた、二柱は確信していた。

 新たな演者の登場を、演目に記されていたかのように受け入れる。

 

 大地から、骸晶の蔦が隆起する。

 夜半の空が、歪な星空に染まる。

 古鷹に現れたる、二体の徒神。

 

 対し、メガミたちは動揺一つ見せず、怜悧で優雅に迎え撃つ。

 吠えたける巨熊が、無数の鋼の糸に戒められた大地の成れ果てを打ち壊す。

 優美にして鋭利な扇が、影を落とす星空を穿つ。

 しかし、顕現した絶望を滅ぼすには至らない。

 

「……お前だけは、許さない」

 

 イヌルがオボロに語り掛ける。

 生物学の象徴が、蔦に呑まれ地に消えた。

 

「はじめから、終わっているのね」

 

 アクルがトコヨに語り掛ける。

 永遠の象徴が、瞬き一つで虚空に消えた。

 

 守りを失った白金滝桜が、骸晶の蔦に包まれる。

 桜降る代から、光が一つ、消えた。

 

 

 

 

 

 海は、実に雄弁だった。

 何処から伝播する悍ましい揺らぎを、サイネとハツミは嫌でも知る。怪物たちの動きも、潮風に乗った気配も、それらが生み出す旋律さえ、全てが先触れだった。

 抗えぬ到来が、苦渋を二柱に強いる。

 

 大地から、骸晶の蔦が隆起する。

 未明の空が、歪な星空に染まる。

 芦原に現れたる、二体の徒神。

 

 対し、メガミたちは迎えた時に即応し、不協和音を断つべく迎え撃つ。

 海中に続々と浮かぶ水球の破裂が、うねる水底を打ち据える。

 水晶の空中階段を駆け上り、乱れ咲く斬撃が星空の忌み子を切り裂く。

 しかし、顕現した絶望を滅ぼすには至らない。

 

「優しすぎます。らしくないですよ」

 

 イヌルがハツミに語り掛ける。

 水の象徴が、蔦に呑まれ地に消えた。

 

「果てしないだけで、終わってるじゃない。変わり者ね」

 

 アクルがサイネに語り掛ける。

 技巧の象徴が、瞬き一つで虚空に消えた。

 

 守りを失った水鏡桜が、骸晶の蔦に包まれる。

 桜降る代から、光が一つ、消えた。

 

 

 

 

 

 そして、風雪鳴り止まぬ北の果て。

 目も開けていられない猛吹雪の中、コルヌは冷徹な瞳を獰猛に睨ませていた。

 

 払暁に照らされる、二体の徒神。

 その身体には傷しかなく、凍てつき脆くなった身体が崩れ落ちる。

 それでもなお立ちはだかる敵に、コルヌは決死にて役目を果たさんとしていた。

 

「そうか、貴様らが……貴様らは、即ち――」

 

 しかし、彼女の抵抗はそこまでだった。

 氷雪の象徴が、蔦に戒められる。

 北限の守護者が、瞬き一つで虚空に消える。

 

 守りを失った果桜が、骸晶の蔦に包まれる。

 桜降る代から、光が一つ、消えた。

 最後の大きな輝きが、夜明けと共に、消え去った。

 

「ちょっと……ううん、思ったよりずっと、疲れちゃったわ」

 

 名の刻まれた石碑に、すとんと腰を落とすアクル。焼け爛れた首を動かしづらそうにしながら、頭上に広がる星空をぼんやりと見上げる。

 切り傷だらけの全身から、零れる黄緑の輝きが吹雪に攫われる。

 その隣で、枯れた果桜に背中を預けるイヌルもまた、健常な箇所を探すほうが困難な有様だった。うつらうつらと身体の調子を確かめる中、氷漬けになっていた左腕がぼとりと落ちて、光へ解けて消えていった。

 

 寄り添う二人は、互いに少しずつ体重を預け合う。

 遊び疲れた、年の離れた姉妹のように。

 

「戻って、マヒルちゃんと、添い寝しましょう」

 

 ややあってから、重くなる一方の腰を上げる徒神たち。

 一人が蔦に包まれ、地に沈んでいく。

 一人が空へと落ち、天に溶けていく。

 

 そして、そこには誰もいなくなった。

 惨劇の夜は静かに終わり――花なき一日が、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには、メガミも、徒神も、姿はなかった。

 戦いの残滓だけが、地に深い傷跡を残す。

 桜降る代の温かな輝きは消え、鈍く煌めく蔦から、黄緑の花が咲き乱れる。

 虚しさすら覚える時間を、青空だけが見守っていた。

 

 しかし、そこには音があった。

 足が土を噛む。

 刃が打ち鳴る。

 ここに静黙の時は未だ訪れず。

 ひとひらの桜が、舞った。

 

 

 

 

 

 降りしきる雪の中、熱気のままに吠えた。

 

「己が役目を思い出せぇッ!」

 

 壮年の男の喝に、振るわれる刃が再び力を帯びる。

 北の果てより迫りくる怪物に立ち向かうは、北限の守り人たち。御冬の里の桜に集う敵を、慣れた雪深き戦場の利を活かして打ち砕く。

 

 信奉する冷厳なる守護者が予見した有事が、目の前に広がっている。顔を見せない彼女の安否は、もはや言うまでもない。

 けれど、守り人たちの心は折れていなかった。

 その身に刻まれた役割を全うするために、拠り所たる里の桜は守り通す。

 あれほどいた怪物たちの勢いは、気づけば軍とも呼べないほど弱まっていた。

 

 探索者たちが見据える先には、北限への道行きがあった。

 かつて英雄たちが辿った、挑戦そのものである道程。見据える次の旅路は、より深い意義を持つ。

 厳格なる守り人は、古き英雄の如く刃を携える。

 探求者は謎を求め、掲げた旗印と共に歩みゆく。

 

 

 

 

 

 手にした櫂から水流が噴き荒れる。

 

「筋肉のない石塊如きに、負けるわけがなぁい!」

 

 漢たちの鍛え上げられた肉体と精神は、借り受けた権能を十全に機能させ、上陸して来た怪物たちを押し流していく。

 彼らに悲嘆する暇などありはしない。

 それはメガミの導きを信じ、己が意志として歩んできたから。

 

 肉体は、証の一つに過ぎない。

 けれど、連なる山脈の如きそれは、確固たる自負の現れでもあった。

 

 求道者たちの見据える先には、光消えた水底があった。

 だが、漢たちに止まる理由などあるだろうか。筋肉たちも、そうでない者たちも、信じるものが違ったとしても、今は心を一つに彼らは吠える。

 

「フンッ、ハアッ、ソイヤッ!」

 

 

 

 

 

 仮面をつけた舞手が、都を縦横無尽に舞い踊る。

 

「積み重ねたこの歴史、我らで絶やしてなるものか!」

 

 時間の染みた街並みを舞台に演じられるのは、怪物との苛烈なる戦い。二つ――否、異史を交えれば三つもの戦火に曝されてなお、古都は枯れゆく気配もなく優美に佇んでいる。

 これこそが、歴史の重み。その意味へ真摯に向き合い、不断の努力によって受け継がれてきた時の蓄積。

 

 後継者たちの見据える先には、暗転した舞台があった。

 そこに立つべく研鑽を続ける者も、そこに映し出される情景を愛する者も、そこに新しきを求めて模索する者たちも。

 誰もが焦がれるその舞台は、次の光を待ち侘びている。

 

 

 

 

 

 もはや宮司の姿は、桜花決闘の場にはなかった。

 

「聖上のお膝元を汚させてなるものか!」

 

 桜の光と影の塵が、怪物をなぎ倒していく。狩衣姿のその身が、決闘を仕切るだけの存在ではないと躍動する。

 文人たちは知恵と言葉を紡ぎ、自ら行く先を照らしていく。

 もはやそれは、盲信ではない。かつて主神は愛を知り、天秤は調停を成し、そして知恵者たちが生まれ、己が足で歩み、選び抜く術を手に入れた。

 今という坩堝の中だからこそ、意志は強かに宿っていた。

 

 知恵者立ちの見つめる先には、権威潰えた本拠があった。

 けれどそこには、主義があって、愛があって、導きがあった。そして、これからの未来を定める新たな天秤と、そこに載せようとしているイシがある。

 次の一歩を踏み出すための戦いを、始めよう。

 

 

 

 

 

 その城下町での戦いは、激烈であり動的であった。

 

「こんなんで諦める奴、いねぇよなァ!?」

 

 ミコトたちが宿すメガミも混沌として、怪物たちへと猛然と立ち向かう。

 その顔は笑ってすらいて、果たし合いでありながら荒々しい祭の如し。

 祭を捧げるのは、敬愛するメガミたちに、遺志を残した英雄に、そしてそれを継ぐ彼ら自身にだ。

 

 開拓者たちの見つめる先は、朽ちた龍たちの墓場があった。

 しかし、屍を越えていく彼らがいるならば、龍の意志は何度でも蘇る。どんな絶望の大地でも踏み越えて、命を芽生えさせてきた自負があるのだから。

 降り注ぐ絶望は、彼らにとって、絶望ではない。

 

 

 

 

 

 その城下町での戦いは、熾烈であり静的であった。

 

「倉庫街から逸らせ、まずは明日を生きるぞ!」

 

 ミコトたちが宿すメガミも混沌として、怪物たちへと巧妙に立ち向かう。

 その瞳はぎらついて、昏い破滅は慮外だと言わんばかりだ。

 滾る意志を示すのは、敬愛するメガミたちに、野心を託した英雄に、そして野心を保ち続ける彼ら自身に。

 

 先駆者たちの見つめる先は、野望重なる城塞があった。

 野望とは悪であろうか。彼らはそうは思わない。

 敗北があり、犠牲があるのなら、それを罪として贖わねばならないだろう。しかしその可能性は、歩みを止める理由にはなりはしない。

 湧き上がる絶望は、彼らにとって、絶望ではない。

 

 

 

 

 

 広大なる平原を、嵐の如く人々は駆ける。

 

「我ら信じるものは違えど、今ここに想いは一つ!」

 

 戦場には、風雷吹き荒びし戦士たちがいた。優雅に空舞う射手たちがいて、堅牢なる鎧兜纏いし兵がおり、そして赤き刃携えた執行者たちが駆け巡る。

 混沌とした意志は、互いに隣人を巻き込み、戦意の波濤が大地を揺らす。

 指揮する者がおらずとも、怪物らの狙いは明白。南西地方の各所に生じた大きなうねりは、敵を容易く呑み込み、打ち砕いていった。

 

 同盟者たちの見つめる先には、湯気漂う縁の収束点があった。

 重なる意志にてひた進み、戦いを越えた先で、きっと皆は笑い合う。人にとっても、獣にとっても、温泉とはそういう場所だろう。

 だから、一人たりとも足を止めることはない。

 温かなその場所も、自分たちの生きる道も、全てを取り戻すために。

 

 

 

 

 

 人々は進む。

 この何処かにきっと、共に歩んでいく『あなた』がいるのだろうか。

 それは祝福だ。

 『あなた』がいなければ、この地は潰えるのだから。

 

 進んでいこう。

 最後の命運を果たすために。

 

 あるいは――――

 

 

 

 

 

 広漠なる光の大樹が、やはりそこには広がっていた。

 周囲に満ち満ちる骸晶の蔦に衰えはなく、星の数ほどもあったはずの歴史が、尽く朽ち果てている。枝葉が腐り落ちた森が成れ果てた泥地のようで、途絶えた命を否応なく思わせる、胸が締め付けられるような光景だった。

 

 そこに一本だけ屹立していた、桜降る代を示す太枝。

 遍く歴史を呑み込もうとする蔦に、例外はない。今こうしている間にも蝕まれている実情を映すように、その枝にも容赦なく纏わりついていた。

 この終焉を見せつけるために、後悔や不甲斐なさや自罰といった感情が、逃されたヤツハをこの場所まで引きずってきた。

 

 しかし、どういう訳か、想定よりも蔦の侵食が遅い。

 自分たちは、敗北したはずなのに。

 倒木の如く、喰らい尽くされる運命にあるはずだったのに。

 ヤツハの瞳に、一条の光が差し込める。

 

 ――あぁ、そっか……。

 

 

 前に手をかざし、受け継いだ力――叶慧鏡が顕現する。込めた権能が、果てしなき可能性の大樹の地平線を押し広げていく。

 ヤツハが見つめる先には、光があった。

 桜降る代の枝から、細く伸びる光の道。遥かなるこの空間を進み、数多の歴史の残骸と蔦の合間をひっそりと縫うように、遥か遠くへと結ばれた光。

 カナヱが再び己を犠牲にして結んだ、弱々しい道。

 彼方の枝に続く道。

 

 命運。それは即ち、今ここで自分だけができること。

 それは誰にもあって、だから誰もが英雄で。

 そして今なら、分かる気がした。

 最後の命運を受け継ぐのは、この自分ではなくて――

 

 ――どうかっ……!

 

 鏡を彼方に向け、ヤツハの持つ全ての力を解放する。

 鏡面から放たれた光が、か細い道に重なった。糸と糸を紡ぎ合わせるが如く、螺旋を描いて新たな道を為す。

 強かに結び直された余波か、道の周囲の蔦が軽くなびいた。

 

 直後、沿路の蔦が綺麗な断面を晒し、折れた。

 まるで、花道を汚す不届きな雑草を刈り取ったかのように。

 螺旋の光の中を、微かな白い影がよぎった気がした。

 

 そして、その煌めきを寿ぐかのように彼方の枝が瞬いた。輝きが、繋がりをさらに補強するように光の道へと染み渡る。

 何者にも曲げられない意志こそが、希望を紡ぐ。

 天地に絶望蔓延る中、それは、あまりに眩しかった。

 

 

 

 

 

 そして、桜降る代のとある場所。特筆すべき点のない、凡庸な光景。

 そこには、メガミも、徒神も、姿はない。

 戦いの傷跡残す大地に骸晶の蔦が這い、黄緑の花を咲かせている。

 しかし、ひとひらの花弁を追って、見やるとそこには桜があった。

 

 

 なんてことのない、神座桜。

 大きくも小さくもない。

 凛々しくも儚くもない。

 けれど、満開だ。

 周囲を蔦が這っているのに、満開だった。

 

 その満開の桜の傍に腰掛ける人影が、一つあった。

 『あなた』だ。

 『あなた』は何処からの声を聞き、不思議と立ち上がった。

 

 

 …………。

 

 聞こえてる? あー! 聞こえてるの!?

 あなたは誰!? あーしは藤峰古妙! もしもーし!

 

 …………。

 

 おい、ほんとに通じてんのか? お前の勘違いじゃねえの?

 

 …………。

 

 うっさい、幣爾さんは黙ってて。

 これたぶん行けてるっしょ、もしもーし!

 

 …………。

 

 さっきの急激な反応を見るに、可能性は高い……。

 でも、こちら――一方通行なのかも――。

 数値――乱高下し――る。古――早く。

 

 …………。

 

 そっか。なら、聞――て!

 

 …………。

 

 あーしたち――じゃ――分からなかった……。

 だから、力を貸して。

 

 朧文書を、解明して……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 自然の天窓から、穏やかな陽光が差し込んでいた。陰陽本殿では今、本来その陽射に煌めくはずの無明桜が、あの日からずっと光を失ったままだった。

 堕ちた聖域を彩るのは、温度のない不気味な七色。

 蔦に纏われ変わり果てた桜の根本は、けれど穏やかだった。

 

 

 そこで眠るのは、災禍を運んだかの姉妹。

 傷だらけの身体を慰め合うように、大中小と並んで身を寄せ合い、午睡に身を委ねたかのように小さな寝息を立てている。中央の寝顔は、左右から半ば枕代わりにされていても、むしろ幸せそうであり、なのに涙を細く流し続けていた。

 吐息に合わせ、深い傷跡から黄緑の光が零れ出す。

 その光は雫となり、地に落ちて、やがて一輪の花となって彩りに加わる。

 

 冷たい黄緑色をした、小さな花畑。

 そこは、誰もいないかのように、ただ静かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《結末への手がかりを求める》