神座桜縁起 後編

第10話:最古の徒神

 

 身の丈よりも長い槍が振るわれ、徒神の少女の前にて輝くは三つの結晶。

 徒寄花たるを思わせる透き通った黄緑に煌めくそれらは、すらりと起伏の少ない均一的な造りをしている。一抱えほどの大きさといい、複雑な結晶構造を持つ形に富んだ桜花結晶とは対比的であった。

 

 攻撃に用いるという、その用途もまた対比的。

 少女の槍が、結晶の一つを穂先で突いた。

 

「スナハイド・ドウズレド」

 

 結晶が、脆さを露呈するように縦に砕ける。ずらりと現れた結晶の針が、カムヰめがけて散弾の如く降り注ぐ。

 少女は残りの結晶を翼のように広げ、針の雨に紛れて猛然と肉薄を目論む。

 対し、カムヰは防御の構えを取った。

 

「カタシロ」

 

 彼女の前に、赤い霧で編まれた人の姿がいくつも立ちはだかる。槍の初撃を受け止めた紅の刃の残滓が変化した身代わりで、避け難き針の弾幕からカムヰを守らんとする。

 だが、先頭の身代わりが針を受け止めんとして、一瞬のうちに掻き消えた。

 例外はない。針に込められた力のせいか、まるで雲を散らすかのように、どの身代わりも盾としての責務を果たさぬままに脅威を通してしまう。

 下唇を噛んだカムヰが回避に動き、纏った剣に構えさせる。

 

「無駄よ」

 

 逆落としで迫り来る少女は、一本の針を蹴って僅かに軌道修正し、カムヰを真っ直ぐ貫かんと槍に抱きつくように構えている。

 カムヰがそこで選択したのは、少女の真下での迎撃だった。もはや間合いに入られることは受け入れ、針を追い越す勢いで迫る相手の速度を逆手に取り、針からの回避と後の先をまだ狙いやすい位置取りを優先していた。

 

 大剣四振りを総動員した、剣の盾。

 頭上で組まれたそれの意図はあまりに分かりやすく、だからこそカムヰの圧倒的な力を知る者からすれば驚きを禁じえない光景だろう。身代わりが無力に過ぎたことで、最強のメガミは油断なく警戒していたのである。

 

 受け止めて、反動で動けない相手を、ゆっくりと斬る。それだけの単純な狙い。

 力で編んだ身代わりならいざしらず、メガミの象徴武器は破壊する手段を探すほうが難しい理外の業物。この紅の剣こそが数少ない可能性ですらある。それを四本、貫ける武器などどこにもありはしない。

 ……その、はずだった。

 否、それを確かめる機会すら、生まれなかった。

 

「だから――」

 

 槍の刃が、黄緑に輝いた瞬間だった。

 四振りの大剣に、くまなく罅が入る。

 そして槍の切っ先が触れた端から、硝子細工のように容易く砕けていく。

 当然、主を守る役目は、果たせない。

 

「無駄だって」

「かっ――」

 

 刃が、カムヰのみぞおちに突き刺さる。大した抵抗もなく、背中側へと突き抜ける。

 顕現体の腹部が、あまりにも脆く崩れ去った。手応えを失って、徒神の少女が半ばカムヰに体当たりする形になってしまったほどだった。

 

 呆気のない痛撃。

 受けたカムヰ本人すら、貫かれた事実を今更瞳を動かして確かめようとしているほどに、それは冗談じみていた。

 戦況を横目で窺っていたホノカとウツロも、思わず絶句する。

 

「おっと」

 

 桜の精と影の波が押し寄せ、少女はカムヰの身体を蹴ってその場を離脱する。

 しかし、それきり彼女を追い立てるものは一つとして戦場に現れなかった。

 

「カムヰ、さんっ……」

 

 無明桜を守護するホノカの顔は、ウツロと共に苦渋に満ちていた。徒神の撃破に力を振り向けようにも、押し寄せる怪物たちは待ってはくれない。今の交錯でこの徒神が生半可な相手ではないことが分かった以上、片手間の攻撃では不足に過ぎ、幾度も続けようものなら怪物たちに隙を曝すことになる。

 

 桜を折られれば、地の利も失う。だから二柱は、祈りながら役割に戻るしかない。

 ふわりと宙に留まった、神座桜の剣の奮起を。

 瞳の光翳るカムヰの唇から、声が零れる。

 

「……コト、ワリ……」

 

 

 解放された権能が、周囲に満ちる桜の光をかき集め、彼女の失われた肉体を瞬く間に修復していく。

 桜の摂理の執行者が失われることはあってはならない。

 故に、未だ機能に欠落はないと示すべく、四振りの血色の大剣が顕現する。そのうち二本が混ざり合い、メガミをも殺すあの螺旋の刃がカムヰの眼前にて織り上げられた。

 

 残る二振りの刃も掲げ、再び迫る少女へ向けて自ら飛び上がる。

 何よりも強靭なはずの、執行者の刃と共に。桜に仇を為す存在を討滅するために、不朽たらんと在り続ける剣と共に。

 揺らがず、弛まず、ただ摂理を体現する機能美すら、カムヰの姿にはあった。

 だが、

 

「そんなもの、どこにあるの?」

 

 槍と真っ向からぶつかった螺旋の刃が、砕けた。

 体現せんとするその摂理など、脆く信じがたいものだと告げるかのように。

 

 本来のカムヰであれば、そこですかさず二の矢たる二振りの剣を少女に打ち込んでいたはずだった。絶大なる威力にて圧倒する腹積もりだったとしても、本来螺旋の刃を打ち込む隙を作るためにあった二振りの剣は、即応できるように少女に切っ先を向けていた。

 動揺は、するはずはない。カムヰとは、摂理の機構なのだから。

 ただ目の前の事実だけを受け止めて動く、からくり人形じみた処刑人――それが、カムヰというメガミのはずだった。

 

 それなのに、その瞳は、揺れていた。

 間合いの中で嘲るように微笑む、徒神の目の前で。

 おそらくそれは、カムヰが初めて露わにした――否、抱いた感情。

 それを一時の泡沫で終わらせないよう、少女は問いを重ねる。

 

「あなた、自分が誰なのか分かってるの?」

 

 本来ならば聞き流すはずの、敵の戯言。

 カムヰの揺れる瞳は、無明桜の周囲を飛び交う姿を探していた。答えるべき名を呼んだ、ホノカの姿を。

 

「…………カ……ムヰ……」

「ふーん、やっぱりね」

 

 わなわなと、カムヰの小さな手が震える。何かに縋りたがっているようなその震えは、彼女には決して似合わないものだった。

 恐怖。それも、徒神という敵に対するものではなく、今まで盤石だった足場が急に崩れ始めてしまったような、胸の内が焦げ付くような恐れ。

 

 少女は冷笑と共に三度問う。

 恐れを、燃え広がらせんと。

 

「楽でいたいんでしょ、ねえ?」

「あ……あぁぁっ!」

 

 カムヰが叫びを絞り上げ、残った剣が振り回される。

 しかしそこに、鋭さも重みもない。

 これまでのカムヰとは似ても似つかない、闇雲な斬撃だった。

 

「ふふっ。どうせ『私はカムヰ』とすら、言えないんでしょう?」

「ちが……ぅうぅっ……!」

 

 煽り立てる敵に、カムヰは言葉でも武力でも反論できない。無駄に手振りする小さな体躯も相まって、危機に瀕した子供が必死に暴れているかのよう。

 心の不在を疑うほどに正確無比にして絶対的だった剣技は、そこにはない。

 当然、児戯に堕ちた剣が、敵を傷つけることもない。

「カムヰさん!? カムヰさんっ!」

「な、何が……」

 

 あり得るはずのない恐慌に身を委ねる味方の姿に、ホノカとウツロはあてられたかのように混乱に惑う。

 徒神の少女はふわふわと後退しながら、なおもカムヰへ問う。

 

「それが何なのか、分かってないんでしょ? あたしみたいにさ」

 

 儚く揺らめき、そのまま弾けて消えてしまいそうな意志の発露だった。心地よい風の吹く草原に寝転んでいつのまにか口から零れていたときのような、場違いな調子だった。

 カナヱに追撃を加えたときの、断固たる意志とは対極。

 けれど、定まらぬ感情が惑うがままに表に出た結果に、翻意などあるはずもなかった。

 

 少女の持つ長槍が、黄緑の輝きを全身に纏い、切っ先を起点に激しく渦巻いた。

 目を剥くカムヰの前で、二本の剣が交差する。

 守ったところで意味はないと、分かっているはずなのに。

 

「だったら……眠ってなさい」

 

 少女が反転し、鎧袖一触とばかりに剣を砕き進む。

 突き出された一撃が、再現の如くカムヰの顕現体に突き刺さる。

 

「――スピエル・ウレエル」

 

 そして結果は変わることなく、その腹に風穴が空き、桜飛沫が広がった。

 力なく、カムヰが陰陽本殿の中を落ちていく。貫いた長槍が、有り余る力の輝きを嘲笑うかのように散らす。

 絶対にして最強――そうであるはずのメガミが、ただ無力に、墜ちていった。

 

 

 

 

 

 衝撃と畏怖は、尋常なものではなかった。

 異史にて朽ち果てるまで敵を屠り続けたという神座桜の剣が、たったの一太刀すら浴びせることなく敗北した光景に、今度こそホノカとウツロの手が止まった。

 

「なんでっ……どうしてこんなことをするんですかっ!?」

 

 上ずった声でホノカが叫ぶ。ぎょろり、と少女の瞳に射抜かれても、同じ高度で対峙する姿勢は解かない。しかし、旗は矛先を向けるだけで、今すぐ飛び出す気配はなかった。

 怪物と少女は同じ徒寄花の理不尽な脅威である一方、少女には曲がりなりにも話が通じるだけの理性が見える。無論、時間を稼ぐという打算もホノカにはあっただろうが、衝動に突き動かされた彼女がまず選んだのは対話だった。

 意図を汲んだウツロの影が、一層激しく躍る。一時的に怪物との戦線を離脱する相方のため、過酷な時間稼ぎへ身を投じるのに躊躇はなかった。

 

 徒神の少女は槍を振るい、その場に漂う桜の塵を払う。

 互いの間合いは、機動力を加味すれば一呼吸の内。カムヰを退けた以上、再びその槍を振るえばホノカも容易に貫くことだろう。

 

 ただ、少女は手から凶器をぶら下げたまま、宙に揺蕩うのみ。

 揺らめく瞳は次の標的を喰らうのに躊躇しているように見えるが、振りまく敵意に衰えは一切ない。善悪の葛藤に苛まれている様子でもなく、桜やメガミを滅ぼす意志だけは固く抱かれているよう。だからこそ、未だ惑い続けるようなその瞳が異様さを際立たせる。

 それでも、相手の注意を引き続けるべく、ホノカは言い募る。

 

「せっかくこの歴史の徒寄花とは和解できたのにっ! 一緒にみんなの幸せの形を探し始めたところで、一方的に踏みにじって……目の前で幸せを摘み取られていくのがどれだけ苦しいことか、あなたは分かっているんですかっ!?」

「…………」

「たくさんの歴史が失われて、誰もその悲しみを聞くことはなくて……メグミさんたちと出会わなければ、私にはその無念を知ることもできなかったんですっ! 誰かの生きた道をなかったことにするなんて、そんな酷いこと許されていいはずがないっ!」

 

 一縷の望みは脳裏をよぎっているだろう。時間稼ぎという目的も忘れてはいまい。けれど、ホノカの叫びは悲痛で、これまで抱いていた憤りをぶつけているようだった。

 もちろん、この程度で相手は動じなかった。本当に聞いているのかも分からない態度で訴えを浴びる徒神に、ホノカは一度息を呑んだ。

 

 感情は原動力であって刃ではない。それで不用意に殴りつければ、自分が傷つくだけで終わることもある。桜花決闘という、律された手段すら通じない相手なのだから。

 だからホノカは、言葉を選んで放った。

 彼我の狭間に横たわる、根源的な疑問を。

 

「あなたは、何がしたいんですかっ!? あなたは、一体誰なんですかっ!?」

 

 人は、ミコトは、メガミは、誰も知らない。

 自分たちが蝕まれるその理由を。

 徒寄花と呼ぶソレがなんであるかを。

 知ってどうこうできる問題ではないかもしれない。結局は、理不尽な対立を続けなければならないかもしれない。

 

 それでも、納得はできずとも、理解を人々は求める。

 脅威の何たるかを。

 問いを突きつけるホノカは、この大地と共にあり、あるいは遍く歴史に咲いていた神座桜の意志を代弁するかのようだった。

 

「んー……」

 

 訴えかけられた少女は、針と散った結晶を再び傍らに浮かべ、少し気怠げな表情を浮かべた。どういう反応を返すべきか、その髪色と同じく玉虫色の態度だった。

 じりじりと時間が過ぎる中、やがて少女は僅かにホノカへ顔を向けた。

 そして、答えを口にする。

 

「あたしは……イニル・マヒル」

 

 聞き慣れない響きを持つ名前が、ホノカの耳をまさぐった。

 イニルは微かに目を伏せ、快活な声質に似合わない、儚い揺らぎに満ちた声で呟く。

 

「桜なんて、ないほうがいいわ……。要らないものが見えてしまうもの」

 

 いきなり分かり合うことすら拒絶する発言に、ホノカが思わず反発するが、

 

「そんなこと――」

「あなたたちは、そういう存在でしょ。だから……」

 

 聞く必要などないと切って捨てたイニルが、槍を弄ぶ手を止めた。

 周囲をひと薙ぎし、中段に構えたその矛先は真っ直ぐホノカへ。

 けれど、声に滲んだ憐憫は、何処とも知れぬ誰かに向けられた。

 

「あたしが、せめて幸せにしてあげるの」

「っ……!」

 

 ただの邪魔――果たしてメガミが、そのような目で見られたことがあっただろうか。

 詳らかにしない何かを、イニルは間違いなく抱えている。けれど、今代の桜の化身たるホノカですら、それを語らせるには至らない。

 時間は稼げても、敵の意図は未だ霧の中。

 水面に漂う葉のように揺らめくのは表面ばかりで、イニルは決定事項とばかりに絶望を押し付けてくる。

 

 歯噛みするホノカが旗を一振りし、桜の精を呼び寄せる。せめてもの抵抗の姿勢だったが、隠しきれない恐れが瞳に滲んでいる。

しかし、悲壮な決意を固めつつあった彼女の意識に、ウツロの悲鳴が割り込む。

 

「ホノカっ、これ以上はぁっ……!」

「はっ――」

 

 怪物の包囲網が、二回りほど狭まっている。前列を転倒させて即席の防波堤を作ることで遅延させているものの、それももう崩壊が間近に迫っている。鉄砲水のように押し寄せてこようものなら、際どい均衡が一気に傾くことだろう。

 時間はもう稼げない。カムヰが立ち上がる気配もない。

 そして、ホノカが状況の把握に意識を割かれたその瞬間、視界の端に黄緑の輝きが映る。

 

「しまっ――」

 

 イニルが結晶の翼開き、瞬く間に間合いを駆ける。

 メガミを沈める槍が、無慈悲に迫る。

 ホノカは思わず旗の柄を盾にしようとして、先程までの惨劇を思い起こしたのか、守りの手が中途半端に止まった。

 槍の輝きが増し、カムヰを仕留めたときと同じ様相を呈する。

 

 だが、しかし、輝きはもう一つあった。

 眼下の無明桜。何かが内側から押し寄せるかのように、幹が眩い光を放つ。

 気配が、大桜の中で膨らんだ。

 

「ちっ……」

 

 舌打ちしたイニルが、直下へ振り払う。

 切り捨てられたのは、大きな植物の種。ある歴史から受け継がれた、豊かな想いの結晶。

 それでも叩きつけた槍は、ホノカに届かない。

 盾となったのは、肉厚の刀身。この歴史を育んだ、想い交わす儀の標。

 

「わたしが、守りますッ!」

「ふーん……別に、いいわ」

 

 

 揺れる瞳と真っ直ぐな瞳が交錯する。

 英雄は今、凱旋した。

 

 

 

 

 

「ユリナさんっ!」

 

 ホノカが急いで距離を取り、打ち合って自然と落ちていくユリナの傍についた。無明桜の全くしならない枝先が、ユリナの足を受け止める。

 彼女はどうやら撃ち出された種に乗って強引に飛んできたらしく、その革靴は僅かに煤けている。しかし、その無茶苦茶ながらに敵の企図を挫く横顔は、かつての英雄譚を想起させてやまない。

 そして、眼下で激しく炸裂し始めた音が、もう一人の援軍の本領発揮を告げる。

 

「はぁっ、はぁっ……メグミ……!」

 

 ウツロが身体を預ける無明桜、その周囲に咲き狂う草花の弾幕が、腹の底を震わせる。

 その繚乱ぶりは崩壊寸前だった防衛線をじりじりと押し戻し始め、どうにか均衡に手を伸ばす。地面に舞い落ちた桜花結晶を糧に無明桜を守る姿は、寄花とは正反対の自然の摂理を体現するかのようで、かつてメグミが身を投じた戦線をも想起させる。

 

「もっとゆっくり、仮初めの勝利に浸っていてもよかったのに」

 

 距離を取られたイニルが、相対するユリナへ横目で見下ろす。やや不愉快そうではあるが、それ以上にこれまでとは違う感情のようなものが瞳に見え隠れする。

 ユリナは斬華一閃を正眼に構え、

 

「……あなたの差金だったんですか?」

「だったらどうする、のッ!」

 

 宙を泳いで虚空を蹴り、イニルが枝上のユリナめがけて飛来する。

 イニルが放つは、変わらぬ敵意と、そして黄緑の輝き。

 穂先から纏ったその致命の光を見て、ホノカがとっさに叫ぶ。

 

「刀で受けたら壊されますっ!」

 

 しかし、その警告が耳に届く頃にはもう、両者の間合いは目前。

 機を見て飛びかかろうとしていたユリナは、脚の力を辛うじて留められたものの、回避を選択肢に加えるには遅すぎる。

残された、逸らすという賭けに出るべく、峰に手が添えられる。

 

 槍の刃が斬華一閃の腹に触れた瞬間、恐るべき象徴武器の崩壊は確かに起きた。

 だが、

 

「「……!?」」

 

 ただ、罅が走っただけ。カムヰの剣のように、容易に砕け散ることはない。

 刹那の交錯の中で、動揺は互いの顔に現れた。けれど、理外の結果が起きなければ、今そこだけは武技が物を言う世界に成り代わる。

 

「っえぁッ!」

 

 骸晶の槍が、鋼の刃に弾かれる。逸らされることを計算して力を加えていたイニルは、予想外に残った抵抗を貫ききれず、そのまますれ違って飛び上がっていった。

 初めて、イニルの攻めが失敗に終わった。

 微かに唇を噛むイニルの瞳から、冷たい視線がユリナへ注がれる。

 

 ユリナは罅の入った得物を観察しつつ、空を舞う敵への恨めしさを僅かに滲ませる。

 ただ、彼女の目はすぐに驚いたように見開かれる。

 その焦点は頭上のイニルではなく、さらにその先。

 陰陽本殿の天窓に、ここからでも大きな影が映し出される。

 

 天高く舞うは、黒鉄の怪鳥。

 そして、戦場を映し出す大鏡とその主が、徒神めがけて飛び降りる。

 桜降る代の敵を引き裂く、怪物の巨腕と共に。

 

「っ……!」

 

 掲げられた槍の柄が、凶悪な鉤爪をどうにか受け止める。

 ギリ、ギャリ、と鉱石が擦れ合うような不快な音が響き、上を取ったヤツハが鏡を通じて怪物に力を注ぎ込む。顕現している星空色の怪腕だけでも主の何倍も大きく、もはや黒い大岩が宙に浮かんでいるかのようですらある。

 

 再びの邂逅の中、互いの視線を交わし合う。

 イニルの視線は重みに歪むことはなく、そこに語りかけるような色味が混ざる。

 

「あなたも……あたしと――」

「今は、違いますっ!」

 

 意気を乗せて拒絶するヤツハ。イニルの眉間に皺が寄る。

 イニルの結晶の翼の周りがちらちらと輝くと、彼女はその場に留まったまま、細腕に似合わぬ力押しで徐々に鉤爪を押し返す。そのままじりじりとつけた角度を利用して、ついにはイニルは怪物とヤツハを投げ飛ばした。

 

 間髪入れずに大きな結晶が槍で砕かれ、針の雨が降り注ぐ。

 怪物を退避させたヤツハは、桜花結晶を寄せ集めて盾にするが、直撃するはずだった結晶の針はそのまま彼女がいた位置を素通りしていく。

 落ち行くヤツハの姿が、横に人ひとり分、ズレている。

 ヤツハに回避すら許さないはずの大量の針も、そのどれもが無意味な軌道で飛来し、無明桜への流れ弾すら無駄に地面に突き刺さる。

 

「行ったれ、ヤツハぁ!」

 地上で算盤を弾くアキナの声が、その背中を押す。

 ヤツハはぱきり、ぱきりと黄緑の結晶の花を全身に咲かせ、その背に戴いた星空の翼を暴力的に羽ばたかせた。

 

 イニルへ急速に距離を詰めるヤツハの胸元が、大きくひび割れる。

 滲み出る星空は瞬く間に広がり、彼我の間合いをまるごと喰らう巨大な大口が敵へと噛み付いた。

 

「あっ――」

 

 輝きが、尾を引く。その色は、ヤツハと同じ黄緑色。徒神たる証。

 膝から下に食いつかれたイニルが、結晶の飛沫を散らしながら、空中での姿勢を取り戻そうともがく。地中に獲物を引きずり込むような喰らい方をした大口によって、地面に叩きつけられる軌道を描いている。

 

 眼下に広がるメグミの花園に顔を顰め、上空へ舞い戻るべくイニルが行く先を見上げる。

 しかし、彼女めがけ飛来する一本の針。

 結晶ではなく鉄で拵えられた、背筋の凍る気配を漂わせる凶器。

 ヤツハに紛れて降下していたチカゲが、怪物の下顎を蹴りつけて、二の矢を指に番えながらイニルへ追いすがる。

 

「っ……!」

「効きますよねぇ?」

 

 イニルは背中を下に落下するまま、槍で一本目を振り払う。その反動も使い、直線的に迫ってくるチカゲの軌道から身体を逸らす。

 そのまま急上昇を狙うイニルに対し、肉薄を諦めたチカゲは、滅灯毒を込めた複数の針を勢いよく投射していた。敵の四方に放たれた針は、体勢を変えられて虚空を貫いたものの、なだらかな上昇軌道に入ることをイニルに許さない。

 

 チカゲは深追いせず鋼糸を結んだ苦無を外周側へ投げると、怪物らの対処で周回するヴィーナに回収されていく。

 攻め手は次の者へ――イニルがその意図を理解したときにはもう、強引な上昇のために落下の勢いを受け止め始めたところだった。

 その頭を抑えるように、振り下ろされるは武神の刃。

 

「おおぉぉぉぉッ!」

 

 枝から飛び降りたユリナの手には、傷ひとつない斬華一閃。巨大な無明桜の上からまともに地面に落ちればただでは済まないだろうが、彼女の目には恐れひとつありはしない。

 急制動の衝撃をその身に受けるイニルに、軸をずらしての回避は望めないだろう。

 イニルの顔が、堪えきれない感情にありありと歪む。

 

「うぅぅッ!」

 

 彼女が翼にしていた結晶の一つが、制動に耐えられなかったように、その背から下に零れ落ちた。そして足元を苦々しく槍を薙ぐと、穂先が打ち据え、結晶は砕け散る。

 しかし、繰り出されたのは針の雨ではなかった。

 世界が、不気味に脈打った。

 

「なっ――」

 

 今まで見えていた光景が、全て蔦でできていたように蠢く。その幻視は、歪に曲がりくねっては元の景色とズレた位置に重ね映しになる。

 イニルの姿は、冒涜的ですらあるその幻視の中にだけ存在した。一瞬のうちに幻視が鳴りを潜めれば、元居た位置には確かにいない。ただ惑わせるだけではなく、幻視を介して瞬時に移動した彼女は、とうにズレた位置を飛んでいた。

 故に、ユリナの一撃は空振りに終わる。地面の花々が、果敢に追撃した彼女を受け止めようと待ち構えている。

 

「こんな奴らにっ……大丈夫、まだ大丈夫だから、お願い……!」

 

 イニルから、祈りが漏れ出した。今の対応が苦肉であると思わせる、彼女だけが想起する代償への恐れだった。

 それは、あれほど揺蕩う泡沫のような七色の態度をしていた彼女が、この戦場で最も強く発露させた感情かもしれなかった。それほどに代償は高くつくのか、胸の内に聳える堰を傷つけられたかのようだった。

 

 だがそれは、決して劣勢を悟った悲壮に伴う情動ではない。

 最も似つかわしいとすれば、憤り。それも自他共に向いた、不甲斐なさを添えるもの。

 増していく敵意は、彼女が未だこの場を制するつもりである証だ。

 

 ならば、とメガミたちは数の利を活かす。

 態勢を立て直そうとしたイニルの行く手に、影で編まれた茨が張り巡らされる。

 方向転換を強いられ一瞬だけ減速したその身を、桜色の光条が焼いた。

 

「っ……!」

「わたしだってっ!」

 

 相手との距離は保ちつつ、桜の精を振り向けるホノカ。ウツロと共に背の翅をはためかせ、無明桜を背にしてイニルへと得物を向ける。

 イニルの視線が当初狙ったようにホノカを捉え、進路が傾いていく。だが、すぐに気が変わったように、後ろ髪引かれながらひたすら上を目指していく。

 

 イニルを諦めさせた要因が、空を駆け上げる。

 その姿は、紛うことなき今代の武神・ユリナ。

 天翔ける術を持たないはずだった彼女は、その背に桜と影の織りなす四枚の翅を広げ、イニルと同じ戦場を目指し飛び立っていた。

 

 そしてユリナの姿は、桜の周囲に生まれた戦場の空白に浮かび上がる。背後や眼下でひしめき合っていた怪物の姿は、今や散る花弁にすら触れられぬほどに遠い。

 ホノカとウツロに代わり、大群を相手取るのはメグミとサリヤ、そしてチカゲ。広域を満遍なく守護する植物と、突出部を即座に叩く機動戦を叶えるヴィーナ、その機動力で広範囲に散布した毒によって、こちらは数の圧倒的不利を抜群の安定感で覆し続けていた。

 

 防衛態勢が整った今、他の矛先が全てイニルに向かう。

 追い立てるように切り込んでいくのは、ユリナとヤツハ。

 敵に、戦況を整理させる暇は与えない。

 

「あぁっ、く……ぅああぁぁぁぁッ……!」

 

 引き絞られた悲鳴が、上へ逃げるイニルの喉から漏れ出した。

 悲痛な絶叫を噛み殺した彼女はくるりと下へ向き直り、刹那迷ってから苦しげに振るった槍が、残る結晶を叩き割る。

 

 その瞬間、闇と星明かりが包み込む。

 メガミたちの頭上に、不吉なる星空が広がった。

 山の天窓から見通せる空が夜を迎えたのではない。七合目から先が、果てしなき茫洋なる星の海の向こう側に呑み込まれている。それは可能性の大樹を待ち受けるあの星空を思わせ、メガミたちが勝利する未来に立ち込める暗雲であるかのよう。

 

 暗澹たる景色は三つ数える間に掻き消え、これも幻視であると分かる。

 だが、一変したメガミたちの表情は、幻などではない。

 響き渡ったサリヤとチカゲの悲鳴もまた、現実だった。

 

「どうした、のよッ……!?」

「な、何が……!」

 

 鋼の翼で戦場を駆け巡っていた彼女の愛機が、ふらふらと軌道を乱す。振り落とされたのか、チカゲが機体の端に片手でぶら下がっていた。

 機体の後ろ半分が、ばらばらに分解されている。

 積荷を次々落としていく荷馬車のように体積を減らすヴィーナは、重量の均衡が崩れたことで今にも怪物たちの戦列へ突っ込んでしまいそうだ。必死に制御しようとサリヤが試みるが、彼女自身が振り落とされていないのが奇跡的な暴れ方だった。

 

 当然、防衛線への遊撃は叶わない。

 そしてそれを、誰も補えない。

 草木は枯れて間引かれ、毒は霧散する。桜の精は萎れ、這おうとした影は掻き消える。

 

「ご破算やと!?」

 算盤玉すら、全て零に戻さねばならない有様。

 何かが狂っている。何かが抜け落ちている。

 白昼夢の如く現れた星空の幻視に、メガミたちは傾いた流れを断ち切られていた。

 

 そこに例外はない。

 違えた計算で最も危機に陥るのは、敵の矛先に最も近い者。

 狙いを絞らせないように連携して飛んでいたユリナとヤツハが、互いに軌道を読み違えたのか、驚いた顔で接触する。

 

「あ、っ……!」

「ごめんなさいっ!」

 

 もみ合って一つ塊となり、垂直に回転しながら徐々に減速していく。共に細かな飛行に慣れていないせいもあるだろうが、揺らいでいるユリナの翅が容易な復帰を許していない。

 二人めがけ、破滅の槍が襲いかかる。

 カムヰを貫いた同じ逆落としでも、イニルの形相は、必死極まりなかった。

 

「消えろぉぉぉぉぉッ!」

 

 余裕は、どこにもない。あるいは、最初から余裕などなかったのかもしれない。

 切りたくなかった手札を切らされて、桜の滅亡に近づくための戦果へ、代償に相応しいだけ手を伸ばそうとしている。変貌からは、そうとしか見いだせなかった。

 ユリナとヤツハをまとめて切り裂かんと、輝き纏う長槍が薙ぎ払われる。

 

「嵐よッ……!」

 

 ユリナから放たれた威風が、反動で彼女をヤツハごと地上に向けて弾き飛ばした。

 切っ先が、虚空を断つ。

 空振りに終わったイニルに隙は生まれる。だが、がむしゃらだったためか、かなりの下方まで後退したユリナたちに反撃の余地はない。

 

 その様子に、イニルが残身をさらに捻り、投擲の構えを見せる。

 渦巻く黄緑の煌めきが、殺意の高まりを訴える。

 

「ちょろちょろ邪魔なのよッ!」

 

 槍は、剛弓の一射が如く放たれた。

 その方向は、前。打ち下ろすような、前。

 ユリナたちのいる真下ではなく。

 敵の相手は、メガミなのだから。

 

「……! しまっ――」

 

 失態を悔いるサリヤの声が、破砕の重奏に埋もれていく。離脱する寸前だったチカゲが、間に合わず吹き飛ばされる。

 姿勢制御に苦慮していたヴィーナごと、サリヤの腹部が貫かれた。ただ衝撃を浴びただけではない、元々の素材が脆かったかのように、機体は無数の小さな金属塊に分かたれ、すぐに桜の光に還り始める。

 

 防衛線に沿って飛んでいたために、吹き飛ばされる先は敵軍の只中。

 流れ弾で容赦なく数体の怪物が抉られていようと、手負いにとって死地であることには変わりない。

 だが、それ以前に、サリヤの様相は希望を否定する。

 形を保てなくなった顕現体が、解れ、花と散る。

 

「サリヤさ――ぁがッ……!」

 

 悲鳴は、連鎖する。宙に投げ出されたチカゲが、壁に縫い留められる。

 瞬く間に放たれたイニルの二投目は、チカゲの胸の中心を正確に狙っていた。実際に貫かれた右胸が、あと一瞬足りなかった回避を物語る。

 着弾の衝撃で四肢が跳ね、ぼろぼろと顕現体が崩れ去るにつれて、怪物の群れの向こう側に落ちて見えなくなる。瞳に光がなかったのは、頭を打ち付けて気絶したか、あるいは。

 

 望まぬ応手を使わせた一方、代償は二柱。それも一瞬のうち。

 集ったメガミたちは、イニルを追い詰めるに足る戦力を持っていたかもしれない。けれど、一撃必殺の力を持つ相手を追い込むとはどういうことか、誰も正しく理解できていなかったのかもしれなかった。

 

「だめっ!」

 

 三度の投擲に入ろうとしたイニルの前に、ヤツハがその身を躍らせた。

 己も一撃で貫かれることへの恐怖は、欠片もない。同じ徒神だからという安易な希望も、露ほどもない。

 ヤツハの瞳に映る意志は、磨かれた魂そのもの。彼女にとっての自我と決意が、この地の全てを守る気高き盾として立ちはだからせ、折れぬ矛として突きつけさせた。

 

 彼女が定めた、討つべき敵へ。

 英雄と同じ眼差しに乗せて。

 

「傷つけさせません、絶対に!」

「気に入らない……気に入らないのよ、その目……!」

 

 パキパキと、イニルの握力が結晶質の槍の柄を削る。

 彼女の憤怒は、悍ましい殺意に還元される。しかし一方で、これほどの大立ち回りをしておきながら、ヤツハの眼差しに押さえつけられているかのように苦しげだった。

 例えばそれは、揺蕩う水を掴むことは叶わずとも、凍りついた端から掬い上げられ、少しずつ目減りしていくような有様だ。析出し始めた感情が、勢いを道連れに彼女から零れ落ちているのかもしれなかった。

 

 カムヰという処刑人ですらまるで引き出せなかった、その激情。不倶戴天の如く睨み返すイニルに、恐れという感情は似合わない。

 だが、内心はどうあれ、イニルは一時的に動きを止めた。

 その姿が、桜と影の螺旋に呑み込まれる。

 

「巡れ……!」「巡れっ……!」

『永久の狭間にっ!』

 

 相反する力が渦を成し、無限の塵化と無限の再生を繰り返す。神座桜の根幹を担う権能の尋常ならざる均衡は、脱出不可能の檻を作り出し、巻き込まれた万物は形を留めることはない。

 しかし、盟約の象徴たる両翼が、その翅をもがれた。

 結晶の針が、ホノカとウツロを深々貫いた。

 

「邪魔……するなァッ!」

 

 イニルが全周を薙ぎ払うと、地上から立ち上っていた竜巻めいた陰陽の檻が、呆気なく霧散した。

 落下する小さな二つの顕現体が、苛烈な斬撃を浴びる。

 二人で一つの桜の象徴が、還っていく。

 敵を戒めることすら叶わずに。

 けれど、

 

「勇者の……杖よぉッ!」

 

 

 消えかけていた渦が、既のところで息を吹き返す。黄金色をそこに混ぜ、再びイニルめがけ立ち上っていく。

 メグミの手にした杖に、一帯の草花が手を貸している。

 大地の力全てを、彼女を介して届けるように。

 

「なに……?」

 

 呟くイニルの足元で、渦が、二つに分かたれた。

 枝分かれした陰陽の檻は逆巻いて、仇敵を捉えんと迫る。怪物たちに向けねばならない力までを、この一瞬だけでも注ぎ込んだ、全霊の継承。

 その意志を無駄にせんと、振るわれた槍が、弾かれる。

 

「……!?」

 

 イニルの足元で重なり合った渦は、ただ衝撃に一度揺らいだだけで、折れぬ心のように彼女を未だ呑み込まんとする。

 離脱までの決断は、早かった。

 けれどそれ以上に、ヤツハの行動は早かった。

 巨影が、降り注ぐ。

 

「逃しません!」

「お、おま――ぁがぁぁッ……!?」

 

 怪物の拳が、イニルを上から押さえつける。桜と影の螺旋に脚を食らいつかれたイニルが、理解が及ばないという表情で苦悶の声を漏らした。

 受け止める槍が悲鳴のように黄緑の輝きを強めても、星空の拳が砕けることはない。

 決死の抵抗として、結晶の針が暴れ狂う。

 

「させへん、けどっ……!」

 

 メグミを、ヤツハを狙う大量の針が再び狙いを過つ。しかし、アキナが算盤玉を弾く指先には、普段の痛快にして明瞭な動きは見えない。

 草花の吐く種が、鏡から零れた手が、すり抜けた結晶の針から主を守る。

 いつまでもは続かない。それでも今、敵の放埒は止められた。

 ならば、

 

「今ですっ!」

 

 最後の希望が、戦場を昇る。

 武神・ユリナ。かつて英雄と呼ばれた、桜降る代を愛すメガミ。

 担い手の消えた翅が輝きを失い、みるみる萎れていく中、それでもその黒い長髪が荒れ狂うほどに速度を纏う。

 

 その手に構えるは、名刀・斬華一閃。

 滅亡を希う力の前にも決して砕けなかったその刃は今、こみ上げる力の発露を訴えるかの如く、輝きに脈打っている。

 真髄を絞り出し、絶望に立ち向かうユリナそのものと混ざり合うように。

 

 その刃の持ち主が有していたのだから、必然、彼女に継がれているのだ。

 刃の本質――意志の伝う見えざる刃。

 少しずつ形を変え、在り方を変え、今やそれはメガミ・ユリナの本質であった。

 

 まるでそれは、幾重にも鉄を折り合わせ、打ち鍛える刀そのもの。

 かつて英雄としての意志を宿し、メガミとして想いを重ね、未来を追って敵に挑む彼女に相応しいその顕現。

 ユリナは手に馴染ませるように一振りし、襲い来る結晶の針が退けられた。

 

「退きな……さいよぉっ! あたしはっ……あたしはぁっ……!」

 

 悲痛に叫ぶイニルの眼下で、ユリナの刃が輝きを孕む。

 ユリナの在り方を示すように、力強く。満開の、桜色。

 刃の本質が、斬華一閃に溶け合う形で顕現した。

 その光たるや、古妙が徒寄花を討ち取った際と同じ煌めき。

 

 即ち、今だけはメガミ・ユリナではなく――

 

「おおぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 天へと落ちる流星の如く、希望の光が空を駆ける。

 絶望の星空を、切り開かんがために。

 

「さかさ……つきかげ……おとぉぉぉぉぉぉし!!!」

 

 

 振り上げられた刃が、イニルを捉えた。

 左腰から右脇にかけての逆袈裟。陰陽の渦を避け、ヤツハの怪物も傷つけない、針の穴を通すような斬撃。

 

 黄緑の血潮が、遅れて溢れ出す。それすら覆い隠す、青白い輝きが破裂する。

 ユリナの一太刀が、その存在を斬り裂いた。