八葉鏡の徒桜

エピソード10−1:絶望に咲く花

 

 一柱だけでも一騎当千の、人智を超えた存在たるメガミ。

 その超常の存在が、母なる剣を囲む輪になって狂い咲いた。

 指折り数え、五から先は、ただ絶望が折り重なる。

 月下に顕現せしは、総勢十二柱。

 果たして、これほどまでに恐ろしい開花が今まであっただろうか。

 

「…………」

 

 ヤツハの脳裏に、二十年前の英雄譚における四柱の誕生が、非常に稀な現象であるというクルルの言葉が蘇る。ならば目の前の出来事を一体なんと形容すればよいのか、ヤツハには皆目検討もつかなかった。

 メガミたちが同じ相手に矛先を向けるというだけで尋常ではないというのに、この悪夢と同じ光景が歴史の何処かにあろうはずもない。ひし、と伝わる敵意は、彼女たちが一様に討滅のための刃として生まれてきたのだと物語っている。

 

 この地獄の中で一つ幸いがあるとすれば、当のカムヰは力を出し尽くしたかのように眠りについていることだった。あるいは閉じた瞳のその裏で、現界させたメガミたちを保つのに注力し続けなければならないのかもしれない。

 螺旋を描いていた彼女の剣は、役目を終えたように解け、無防備な主を形だけでも守るようにカムヰの周囲に浮かんでいる。

 

 その圏域に立ち入るのはただ一人。

 眠れる生死の象徴に代わり、この討滅隊を指揮する者。

 未だその胸に敵対心の源泉を秘したまま、刃を掲げる者。

 カムヰを背中から抱きしめるレンリの手が、地上に向けて振り下ろされた。

 

「さあ行くのです、新生せし英雄たちよ!」

 

 

 芝居がかった号令と同時、揺蕩っていたメガミたちが一斉に宙を蹴った。

 矛先はもちろん、レンリが桜降る代に巣食う病と謗る者。

 一番槍となった両刃の大斧を掲げるメガミが、顔色一つ変えずに徒神たるクルルの下へと飛び込んで来た。

 渦巻いていた混乱が、猛き痛打に粉砕される。

 

「うおぉっと!?」

「クルル――っ……!」

 

 莫大な衝撃に、抉り取った大地が噴き上がる。絡繰の猛烈な駆動音が、咄嗟に成された回避を告げていたものの、自身を顧みない初手に互いが土煙の向こうへと追いやられる。

 分断される直前、クルルの援護に回ろうとしていたハツミを、多数の矢がその場に縫い付けていたところまでは見て取れた。土煙を貫いて空へ飛び出す水塊が、射手を撃ち落とそうと五月雨式に放たれる。

 

 しかし、ヤツハが彼女たちを慮れたのは、そのほんの一瞬だけだった。

 ヤツハの目の前まで、鎖を引き連れた分銅が迫っていた。

 

「っ……!」

 

 咄嗟に意思を放ち、正中を過たず狙っていた軌道を右手へと逸らす。

 だが、不意打ちを躱し、投擲を見送ったと思ったのも束の間だ。

 ヤツハの視界の左端から、いなしたはずの分銅が姿を現した。

 

「……!?」

 

 気づいたときにはもう、ぐるりぐるりと何重にもヤツハの周囲を巡り、両腕ごと締め上げられる。まるで宙を泳ぐ蛇のように意識を持ち、獲物に巻き付いてきたかのようだった。

 ヤツハの視線が己を戒める鎖をたぐり、その先に小さな鎌を構えるメガミの姿を捉えた。全身に濃紺の帯を巻きつけたような装束に身を包む女の姿だ。

 相手の得物は鎖鎌。相手にしたことのない武器に、初動での失策を悟る。

 

「ぅ、ぐぅ……」

 

 巻き付いた鎖はヤツハの身体を引きちぎらんばかりの強さで縛り上げており、鎖同士が不思議なほどに噛み合っていて容易に抜け出せない。じりじりと、削られた身体が黄緑色の輝きとなって溶けていく。

 相手はヤツハを拘束したまま一定の間合いを保つつもりのようで、こちらが一歩前に出れば一歩下がり、一歩下がろうとすれば戒めを手繰り寄せる。

 

 にらみ合いの中、ならば、とヤツハは自ら打って出た。

 鎖に覆われていない腕から生み出した怪物の巨腕でもって、張り詰めた鎖を確と掴む。

 引き寄せるのは相手のメガミだけではない。

 ヤツハ自身だ。

 

「っくあぁッ!」

 

 張力と跳躍を重ね、大きく距離を詰めたヤツハから、深淵をも食らう大顎が飛び出した。

 鎖鎌のメガミはそれに守りの術を行使することなく、食いちぎられた右肩から盛大な桜飛沫を散らせていた。痛みは覚えるのか、色のなかった顔が顰められる。

 しかし、鎖を手繰っていた右手が緩むことはなかった。

 それどころか、ヤツハの身体はさらなる引力に弄ばれる。

 

「あっ――」

 

 相手に大きく鎖を引く所作はなかった。彼女が持つ権能ゆえか、均衡の優位を取り返すように鎖がヤツハを猛然と引き寄せていた。

 ヤツハが選んだ、間合いを保つ相手に飛び込むという手は、あながち間違いではない。

 ……もしも相手が、一人だけだったのなら。

 

 着地点を見定めようとしていた視界の底に、ぬるりと這う影が一つ。

 喪服のようなのっぺりとした黒の着物に袖を通した女が、宵闇に紛れていつの間にかヤツハの懐にまで潜り込んでいた。

 飾り気のない簪の尖端が、ヤツハの胸へ吸い込まれる。

 

「ッ……!」

 

 右に傾いでいた身体を無理やり捩り、狙われた左胸をどうにか背後へ送る。

 しかし、致命を為す凶器の軌道上から逸らせたまではよかったものの、左の二の腕に深々と簪が突き刺さった。

 

「が、ッ……!」

 

 苦痛を噛み殺し、鎖を握っていた怪腕を振り上げた。夜闇に描かれる三叉の軌跡に、簪のメガミはヤツハを深追いすることなく、泥のような柔軟さで身を屈める。

 そのまま至近距離に張り付かれたヤツハの反撃は、ゆらゆらと躱す喪服姿の芯を捉えられない。大振りになりがちな怪物の形は、このように肉薄し続ける相手を不得手とする。引き剥がそうにも、鎖による拘束は未だヤツハに自由な位置取りを許さない。

 

 戒めから逃れることが優先。

 そう判断したヤツハは、攻勢を重ねることでそれを為す。

 生み出したヤツハの鏡像が、拘束に腐心していた鎖鎌のメガミめがけて、再び怪物の腹を満たしてやろうと解き放った。

 

「くっ……!」

 

 強いた対応に、相手が選んだのは苦心を零しての離脱だった。鎖が緩み、その隙に周囲を大爪で薙ぎ払って簪の切っ先からも逃れる。

 ここまで、一合。

 間合いを挟んで相対する二柱に、諦める様子は当然ない。

 

 彼女たちの意図は、動きの定められた絡繰じみていて意思には乏しい。しかしその一方で、各々の在り方に応じた攻め手や狙っていたかのような連携、二度目の深手を嫌っての冷静な仕切り直しなど、ただ誰かの意思によってただ操られているとは思えない。

 果たして、生まれたての彼女たちに人格と呼べるものがあるかは分からない。

 けれど、彼女たちはただの操り人形ではない。間違いなく、メガミなのだ。

 

 もっとも際どい最初の交錯は、どうにか立ち回れた。しかし、これをいつまでも続けられはしまいとヤツハは本能で理解していた。

 己の本質を受け入れ、カムヰを退けたときの状態に近づいた今であれば、個々との戦いは優位に立てるだろうという自信はある。メグミとの激戦による疲労は無視できないが、レンリが糾弾されている間に小休止くらいできたのが幸いだった。

 だが、影の如く忍び寄る動きも、巧みに相手を戒める技も、ヤツハにはない流麗で強かなもの。それが組み合わさり、同時に相手をしなければならない以上、苦戦という言葉では片付けられない戦況がヤツハを待っている。

 

「ふーっ……」

 

 緊張の糸を張り詰めさせ、さらに警戒心を研ぎ澄ませていく。

 今はまだ、先陣を切ったのが二柱というだけ。数多のメガミが刃を向けてきた現状、敵の増援にいつ背中を刺されるか分からない。首魁と名指しされていたこともあって、ヤツハめがけて一斉になだれ込まなかったのがいっそ幸運なほどだ。

 

 視野を広く取り、土煙の晴れた戦場を見渡す。

 けれど、レンリの手勢がヤツハを圧殺することはなかった。

 ここはヤツハだけの戦場でも、徒神たちだけの戦場でもない。

 剣戟が、高らかに鳴り響く。

 

 

 

 

 

 刃と鍔が、振り上げられんとしていた巨鎚の柄を噛みしめる。

 先の先を取ったユリナの斬華一閃が、膨大な威力が吹き込まれる前の大槌を無理やり守勢に回させていた。

 

「お、ぉッ……!」

 

 体勢を整えさせないよう、力の拮抗を生み続ける。されどユリナは、全体重を使ってまで押し込もうとはしない。程近くで算盤を構えるメガミを睨みつけ、いつでも間合いに踏み込んでやるぞという気迫をもって二柱の動きを封じ込めていた。

 彼女が相対するメガミたちの得物は、どちらもユリナがよく知るものだ。そして外見もまた、表情が抜け落ちていること以外は瓜二つである。

 

 けれど、大槌を握るハガネらしきメガミの印象は、この戦場のどこかにいる向こう側のハガネとも、今の桜降る代のハガネとも異なっていた。

 強いて言うなら、ユリナがまだ人だった頃のハガネ。

 明確に違いを言葉にするのは難しくとも、切り結んだ過去の感覚がそう囁きかけていた。

 故に、武神として己を磨いたユリナの身体は、自然と応手を形作る。

 

「――っと、ッ……!」

 

 鎚を少しだけ縮めて軸をずらされかけたところを、半歩さらに踏み込んで鍔迫り合いの角度を変え、主導権を維持し続ける。

 混沌とした戦場で、即座に相手を切り捨てる判断を下さないのは自殺行為に他ならない。しかし、ユリナはヤツハたちに襲いかからんとするメガミたちの前に立ちはだかり、緻密な立ち回りによって二柱もの戦力の足止めを叶えていた。

 

 最初は徒神以外眼中になかった新たなメガミたちも、現れた厚い障壁に敵意を燃やしているのが、色のない顔の奥からでも伝わってくる。

 だが、動きに焦りの気配がないのは、まだ物量で勝っていると理解しているからだろう。二柱ものメガミを釘付けにしたところで、実際にはユリナとて彼女らに斬り込むだけの余裕はない。大鎚のメガミも算盤のメガミも全霊を賭して挑むべき強敵であり、そもそも向こうは徒神を数で優に上回っているのだ。

 

 隊列など望むべくもない中、破壊は助勢の手をすり抜ける。

 背後から、硝子の割れたような音が立て続けに響く。

 歯車を唸らせ、必死に保身を図るのはクルルだ。

 

「しつっ、こいっ、ですぅ!」

 

 彼女の絡繰が生み出す光の障壁を、幾度も引き裂いていくのは、この戦いの先駆けとなった大斧のメガミだ。逞しい豪腕によって軽々と振るわれる両手斧は、見た目の重厚感からは想像もつかないほどの手数を繰り出している。

 クルルは脚に取り付けた車輪の絡繰に移動を任せながら、手元で次々と絡繰を組み上げている。けれど、数々の重い斬撃を前に受けに回らざるを得ず、その大半は障壁用のもの。準備に手間のかかる武器を生み出す暇もなければ、小ぶりな銃を構えたところで目ざとく断ち割られてしまう。

 

 間合いを制されたままでは、反撃の機会はあまりに遠い。

 ひたすらに距離を取り続けるためにも、脚の駆動装置の維持もし続けなければならない。それで引き離せなかったとしても、歯車が回転をやめた瞬間、分厚い刃はクルルの肉体と容易く両断するだろう。

 

 だが、無情にも決壊寸前の均衡を揺るがす者が現れる。

 半月のように弧を描いた歪な刀身が、クルルの右脚を刈り取ろうと背後から迫っていた。

 

「っ……!」

 

 咄嗟のことに、加減しきれず過剰なまでの力を、桜花結晶の形に乗せて背面に充てがう。

 後ろから引っ掛けるように振るわれていた曲刀は、桜の盾ごと肉を断つとはいかず、衝撃に狂った刃はクルルの星空色をした腰巻きに絡め取られ、前へと抜けていく。

 野盗めいた粗野な容姿の少女は、奇襲が失敗したと見て反転の姿勢を見せる。

 

 しかし、そのメガミと入れ替わるように、既に振り下ろされている刃。

 大斧が、クルルの首根から袈裟に胴を叩き割ろうとしていた。

 

「あ――」

 

 奇襲への対応に気を取られ、何もかもが間に合わない。歯車が悲鳴のような音を立てて間合いの外にクルルを逃がそうとするが、あろうことか相手のメガミが伸ばした右腕だけで得物を振るっていた分、余計に喰らいつかれている。

 肩から慌てて頭を出した結晶が、破滅の刃をただ見上げる。

 だが、その直後だった。

 クルルと大斧の間に、夜のものではない闇がいきなりわだかまった。

 

「むん……?」

 

 肉厚の刃が、宙に落ちた濃い影に受け止められる。

 ゆっくり、ゆっくりと、その不自然な暗がりの中を大斧は進んでいく。見た目よりもずっと深い距離を落ちているようで、勢いはそのままに獲物に喰らいつくまでの時間だけが引き伸ばされる。

 実際、それは半秒にも満たない遅延だった。けれど刹那の会合の中におけるそれは、ある種永遠にも等しい。特に、決まり手が繰り出そうとされているこの瞬間には。

 

「んぐっ……!」

 

 影の陥穽を突き破った大斧が、ついにはクルルの身体を捉えた。左の鎖骨あたりから豪快に袈裟斬りにされ、彼我の空間が凄絶な光の瞬きに包まれる。

 しかし、本来ならば真っ二つにするはずだった一撃は、生まれた猶予の間に僅かでも下がっていたクルルに致命の深手を負わせるには至らなかった。手足はまだ十全に動き、両断されることを覚悟していた体幹も健在だ。

 

 そして間断なく、敵二柱の背後より飛び出してくるのは、人の姿をした大いなる影。

 クルルが今まで散らせた結晶の塵から、少女の形に灰が寄せ集められていく。

 その影は、飛び上がった勢いを使って、大地ごと抉るように手にした影の柄を振り上げた。

 

 彼女の刃は、まさに彼女が今そうしたように、戦場に広がる影より出づる。

 桜の花弁を刈り取る影の大鎌が、追撃を目論んでいた曲刀のメガミを足元から両断する。

 

「なっ――」

 

 全力で踏み切っていた相手に、制動をかける余地はなかった。淡白な表情から驚きの声だけが小さく漏れ、守りの結晶ごと股から脳天まで一直線、濁った雪のような塵を血飛沫の代わりに散らした。

 影の主はかつての魔王の如く眼光鋭く、小さな手を曲刀のメガミへ向ける。

 そして、その力の顕現を、掌握する。

 

「散って……」

「……!?」

 

 瞬間、がくん、と曲刀のメガミの膝から力が抜けた。踏み出していた一歩が崩れ、宙に遊んでしまった左脚から塵が棚引いた。

 攻勢も存在もその眼光の下に削られた彼女は、致命的な隙こそ晒すまいと地面に刃を突き立ててまで膝をつく。大斧のメガミも追撃を断念し、体勢を立て直させるべく、警戒も露わに傍らで構えていた。

 このようなことができるのは、この桜降る代でただ一人。

 

「う、うつろんっ!?」

 

 喜色を浮かべたクルルが、影のメガミの名を叫ぶ。友の参陣を驚きと共に喜ぶ姿は、けれど何か続けようとして口ごもり、期待と遠慮の狭間で迷子になったかのように目を泳がせる。

 そんならしくない様子にウツロは小さく微笑み、自然と挟み撃ちにする形となった位置取りを活かして前に出る。相手らもそれを悟ったか、横合いに離脱しての仕切り直しを選ぶ。

 

 合流したウツロが、クルルの背後に回る。背中をぴたりと合わせ、乱戦に応じる構えだ。

 二柱の間で交わされる体温が、小さな背中へと移ろっていく。大きな背中を温めるのは、冷たいようでいて奥底に確かなぬくもりを感じる体温。クルルがよく知っている感触であり、思わず昔日が脳裏をよぎる。たとえクルルが変わろうと、変わらない思い出がある。

 それでも、か。それだから、なのか。息を整える中、疑問をうまく言葉にできないクルルの気配に、背中越しにウツロは静かに答えた。

 

「そこに欺瞞があるなら……」

 

 

 大きな迷いはない。九割九部の確信が、声に宿っている。残る懸念は、いずれ白黒つけるべきものだと訴えているようだ。

排斥を急ぎ推し進めるレンリとカムヰに、徒神でなくとも待ったをかける者はいる。

 だからこそ辛うじて、クルルたちが瞬く間に押し潰される悲劇は起きなかった。

 

 今、空で攻めあぐねている、翼を広げたメガミがいい例だった。

 弓に空色の光で編まれた矢をつがえ、眼下に狙うは暗澹たる海に潜むハツミである。

 ハツミは肩に刺さった矢を忌々しげに抜き去りながら、それでも鋭く弓のメガミを注視し続けている。周囲に浮かべた水球は、敵に何か動きがあれば瞬く間に天めがけて放たれることだろう。

 

 ユリナたちの助力がなければ、ハツミが今この僅かな間にも射手と対峙することは叶わなかった。意識の外から放たれる射撃を常に警戒しながら戦うだなんて、いかにメガミと言えど無理難題が過ぎる。

 しかし、お互い向かい合っての合戦でもない現状、どこから次の刺客が現れてもおかしくはない。まだ、目の前にある脅威を、ほんの一瞬だけ凌いだだけに過ぎなかった。

 それを最も肌で感じているのが、武神たるユリナである。

 

「ただ皆が殺されるのが、正しいなんて……!」

 

 

 胸で燻る想いを少しでも原動力に変え、大槌と算盤という二つの脅威の足止めを実現し続ける。

 ユリナとウツロ、二柱の献身があっても反攻には到底足りない。

 敵の狙いたる徒神は、ヤツハたち三柱だけではないのだから。

 

「サイネさ――んッ……!」

 

 久方ぶりの好敵手との再会を寿ぐ暇なく、算盤のメガミが動く気配に合わせ、大槌を押し込んで均衡を保つ。

 彼方で踊るのは、氷色の人影。

 この戦場は、見通せるようで、手を伸ばすにはあまりに広い。

 

 

 

 

 

 水晶の刃が、夜陰に仄かな輝きを残す。その軌跡は、悠久の時を経て刻まれた清水の流れのように淀みなく、また止めどない。瞬き一つの間に消える儚さは、これが命の取り合いであることを忘れてしまうようだ。

 何よりその流麗な水晶の太刀筋は、絶え間なく交錯し続けている。

 

 片や、質実剛健な蒼き水晶の刀身。

 片や、返しを持つ紅き水晶の刀身。

 どちらも薙刀と呼びうる得物を振るうのは、同じ名を持つであろうメガミだ。

 

「っ……、はッ……!」

 

 相手の下段への攻め手に応じ、サイネは振り上げていた刃を下ろしながら、歪な切っ先で相手の柄を絡め取る。下手へ逸したと判ずるや、元に戻そうという力を利用し、くるりと回した刀身で跳ね上げる。

 懐に潜り込むような踏み込みと共に、かちあげられてがら空きになった相手の脇腹に刃先を向かわせる。

 

 けれど、硬い斬撃の音が、守りの成立をサイネに伝えた。相手はこれを読んでいたのか、天に登った重心に逆らうことなく、柄の向きだけを操って盾としていた。

 なれば来たる返しの上段を、サイネもまた自ら跳ね上げた石突で弾く。

 そして半拍ほどの互いの呼吸の後に始まるのは次の攻防、その繰り返し。

 

「ふッ……!」

 

 

 半ば運命のようにサイネが向かい合わされたメガミは、己自身――薙刀のメガミだ。

 だが、サイネ本人には知り得ぬ外見は、齢にしておよそ三つか四つを重ね、上背もサイネより少しばかり高い。

 体格の差、そして得物の差。どちらもサイネは音として理解している。そうでなければ、まるで示し合わせた演舞であるかのようなこの打ち合いは望めまい。

 

 冴え渡る技は互いに磨かれ、登る月が照らすは鏡合わせの如き円舞。仕掛けられたこの紅と蒼の競演の中、サイネと肩を並べる者はいない。

 崩落する屋敷から共に逃れたトコヨに背中こそ預けているが、彼女とて目の前の敵への対処に追われている。互いに一対一が許されている間に撃破できれば最上だが、生まれたてとは言え相手はメガミ、容易くそれが叶う相手ではない。

 

 そして守りの要であるミズキは、サイネとは距離を置いてライラに手を取られている。

 対カムヰにおける戦況を大いに揺り動かしたライラは、苦悩の末にカムヰの意思に従ったようで、サイネたち徒神を亡き者にしようと未だ爪を振るっている。

 無論サイネとて、保身のためにその刃は拒絶する。けれど、桜降る代の確実な存続のための決断を否定することはできなかった。無論、劇的な変化を迎えた戦場で語り合うことも。

 

「おぉッ……!」

 

 愚直にして強かな相手の突きを、威勢と共に薙ぎ払う。今のサイネにできるのは、どうしようもない現状に無力感を覚えることではなく、目の前の相手に注力することだけだ。

 ただ、無数の交錯の中でサイネが気づいたこともある。

 この薙刀のメガミは、向こう側の自分なのではないか、と。

 

 メガミに成るのが三、四年ほど遅れ、孤独に刃を振るい続けた自分。

 好敵手と出会わず、理解者と出会わず、冷たい洞窟の中で刃を磨き続けた自分。

 流れ込んできた向こう側の記憶が、懐かしさと、自分自身と向き合っていることへの困惑を訴えている。自分のものではないその感覚を切り捨て、少しずつ位相のずれていく演舞の音色にサイネは耳を傾ける。

 

 どちらも技の果てに至った点では同じだが、果てにまで踏み切った土台が違う。

 己の持てる技を無骨に研ぎ澄ませていった向こう側の氷雨細音と、己の技をその場で最高の応手にさらに磨き上げる桜降る代の氷雨細音。

 八相から振り下ろされた相手の一太刀を、くるりと身を回して避ける動きなど、過去のサイネが信じていた型には存在しない。

 

「はぁッ!」

「っ……!」

 

 回転の勢いを乗せた斬撃が、薙刀のメガミの脇腹を叩く。桜花結晶で勢いを殺されたが、依然相手は態勢を崩したまま。連撃の好機にサイネは明確な攻めへと転じる。

 だが、天秤がただ傾くことを良しとしない者がいる。

 

「……!?」

 

 乾き、空へ抜けるような快音。尾を引くのは火が焦がす音。

 それが銃声であると理解した直後、動かしかけた腕を、先触れのように一瞬何かが刺した。

 直後、サイネの全身を稲妻が駆け巡る。

 

「が、ぁっ……!」

 

 しびれる腕を無理やり動かし、反撃の機会を与えぬよう薙刀のメガミを石突で突き飛ばす。

 身に覚えのある電撃に、サイネが誰何することはない。

 銃のメガミと絡繰のメガミ。無論、どちらも皆がよく知る存在ではない。

 何より、燃え上がる情動の宿し手が、こんな無感情な攻撃を放つわけがない。その落差にサイネを寒気が襲う。

 そして、次弾にもまた、身を焦がすような想いは込められていない。

 

「細音っ!」

 

 ぼぅ、とサイネの手前で、炎の塊が潰れた。盾となったのは青ざめた一枚の扇。

 入れ替わるようにして前に出たトコヨに感謝する間もなく、意を汲んで態勢を立て直す。

 トコヨと合わせて円を描くように背面に回れば、サイネを待っていたのは躊躇のない唐竹割りだった。

 

「くっ……!」

 

 綺麗にいなすこともできず、柄を盾に正面から初撃を受け止める。

 しかし、それが許されない得物であることをサイネは失念していた。

 ギ、と硬い薙刀の柄が削れる嫌な音が響く。相手の得物が無理やり下へ振り下ろされるたびに異音は生まれ、まるで並んだ無数の刃に次々と柄が噛みつかれているよう。

 サイネが一度も相まみえたことのないその武器は鋸。

 

 歯噛みし、薙刀を水平に掲げていた右手だけを離す。柄は鋸の勢いと刀身の重みによって地面を向いた。

 柄を滑って意図せず振り落とされた鋸は、やがて地面を穿つ。

 前のめりになった相手の顔めがけ、鋭い切っ先をサイネは向かわせた。

 

 だが、相手のメガミは桜花結晶で守ることすらせず、その致命の刃を防いでみせた。

 地面に埋もれるはずだった鋸が、踏みしめられた硬い土をやすやすと切り進み、下弦を描くように振り上げていたのだ。

 

「な――」

 

 鈍い音をたて、刃同士が弾きあう。

 あまりに強引で獰猛な応手にサイネはその場を切り払い、辛うじて一歩間合いを取る。これほどの一手を繰り出しておきながら、やはりそれに相応しい感情の発露はなかった。サイネの光なき瞳には映らぬ、鎧を継ぎ接ぎに着た刀傷塗れの女という姿も相まって、古強者の幽鬼に襲われているかのようだった。

 

 貴重にして僅かな一呼吸の間。

 音にて戦場を把握するサイネの耳は、自分とトコヨを狙う四柱のメガミたちの動きを聞き分けんと試みる。しかし、混沌とした闘争の場ではより多くの音をも拾ってしまい、意識が割かれてしまう。それが聞き慣れない声であれば警戒もしてしまう。

 特に印象に残る声は二つ。どちらも、チカゲが吶喊した際に聞こえたものだ。

 片方は、徒神としての記憶に微かに引っかかるもの。先程混乱に叫んでいた少女の声。

 そしてもう片方は、全く聞いたことがないもの。宣戦布告らしき言葉を吐いたあの幼き声である。

 

 この古鷹でのトコヨたちとの数々の会話が思い起こされる。この舞台の裏には何者かが潜んでいると、知恵を寄せ合っていた。

 その最たる者こそ、叡智にて詳らかにせんと欲していた彼女。

 そして、サイネの記憶に答えるように、朗々と声が響く。

 

「『器が万全でも、注がれた水までは真似られぬものです』」

 

 がく、と。腰だめに構えようとしていた鋸のメガミの手が、僅かに止まった。近くにいた他のメガミたちも、染み渡るその言葉を真実とするように動きを鈍らせているようだ。確かに本当に完全なメガミであれば、例えば銃のメガミは既に一帯を炎で焼き尽くしているはずだ――そんな真偽も定かでない納得が脳裏をよぎる。

 サイネは間断なく薙刀を振り抜き、鋸のメガミが容易く立ち入れぬ距離にまで下がる。

 

 互いに背を合わせ、陣形を組む。二柱ではなく、今度は三柱で。

 自ら戦場に躍り出たシンラに、意図を訊ねたのはトコヨだった。

 

「……それで、あんたの用事は終わったわけ?」

 

 彼女の声は痛みを抑えるように震えていたが、それでも呼吸は乱れていない。

 シンラはそれに、淀みなく答えた。

 

「はい。もはや私にできるのは、意思に従うのみ」

「分の良い賭けじゃないわよ」

「それでも、です」

 

 重ねて言い切ったシンラに、気持ちいいくらいに整った太刀筋のようなものをサイネは感じていた。

 間違った舞台を誂え直す。それは果てに至った技でも叶わない。無理やり押し付けられた乱暴な筋書きを解きほぐして正すのに、シンラ以上の適任がいるはずもない。

 

 そんな彼女が必要な手札を切り終えたというなら、後は転換の時まで抗い続けるだけ。

 次の役者に託すよう、シンラもまた小さく漏らすように呟いた。

 

「さて、次の決断は……」

 

 

 

 

 

 

 ――花が、咲き乱れている。

 一つとして同じものはない花弁が、他の花を喰らいあっている。

 剣戟は高鳴り、銃声は轟き、痛打が大地にこだまする。激しい闘争の場だというのに人の声は少なく、その落差が不気味さと無常さを醸し出してならなかった。

 

 一輪の花たるヤツハもまた、萎れまいと戦い続けていた。

 影のように忍び寄る簪の魔の手から幻影にて逃れ、蛇のように纏わりつく鎖鎌を強き意思で拒絶する。

 感情を奮い立たせ、猛威に抗う。自らの身体を砕き、引き出した力が怪物の触腕となって暴威を成す。ありったけの想いが千変万化を生み、己を滅ぼそうとする者の刃を幾度となく打ち払っていく。

 

 ヤツハの表情は願いに満ち、決意に満ち、それでいて苦渋を隠せない。

 滲む涙。想いの溶けたその雫。

 瞳の奥で燃える心は、どうしたって感じ取れる。

 

 何故なら、ずっと見てきたのだから。

 桜降る代を歩んできた彼女を監視し……見守ってきたのだから。

 

 解き放たれた巨大な顎が大地を喰らい、土煙が立ち上る。演者の姿が遮られる。

 ここからでは、見守れない。

 ここからでは、見届けられない。

 ここからでは、向き合えない。

 いつまでも袖に控えている気分ではいけないのだと、強いられている。

 

「……うん」

 

 それを納得した彼女は、静かに微笑む。

 小さな足を地に着けて。

 か細いその足音は、誰の耳にも届かない。

 

 

 

 

 

 自ら奪ってしまった視界の中、ヤツハは鏡像と共に襲撃に備える。

 しかし、にじり寄るだろうと想定していた簪のメガミの気配がない。

 

「……?」

 

 あれほど引き剥がすのに苦慮していた存在の動きを見失い、思考の間隙が生まれる。

 そこを狙い、再び空を駆けたのは分銅だ。この巧みな鎖捌きが、開戦以来常にヤツハの動きを制限し続けてきた。

 反応が間に合わず、再び拘束の憂き目に合う。

 だが、その状態での駆け引きは既に通った道だ。むしろ、鎖鎌のメガミに自分から干渉できる以上、ヤツハにも選択肢が生まれる。

 

「このっ……!」

 

 這い出た怪腕が、鎖を鷲掴みにする。はっきりした相手の位置に、鏡像を向かわせる。

 しかし、ヤツハの逆襲は成らなかった。

 鷲掴みにされたのは、ヤツハの心身の方だった。

 

「ひっ!?」

 

 己が蝕まれ、崩壊する感覚が彼女を襲う。カムヰに殺されかけたときにも似た、最悪を想起させられる嫌悪感だ。

 死そのものを注ぎ込まれているかのようなおぞましさに、思わず手が止まる。

 その源は、巻き付いたこの鎖。

 鏡像が晴らしていった土煙の向こうで、簪のメガミがヤツハを戒める鎖を手にしていた。それを通じて、何かしらの権能を伝播されたのだと思い知らされる。

 

 相手のメガミたちは、無慈悲にも戦いの中で少しずつ成長している。あるいは、目覚めたばかりの意識が鮮明になっていくかのように、動きや権能の使い方が洗練されていっている。

 その果てが、互いを補い合うように権能を活かしたこの連携。

 この二柱は示し合わせた様子もないのに完璧に実現し、結果としてヤツハは見事にしてやられた形となった。

 

「ぐ、っ……」

 

 歯噛みするヤツハ。苦しくなる一方の戦況に、挫けそうになる。

 しかし、それでもヤツハの瞳が光を失うことはない。刹那の思考を止めるわけにはいかないのだと、抱いた決意と想いを何度も巡らせる。

 

 この薄氷の道を支えるのは、友情と信頼。

 自分を一人にしようとしなかった友たちのために。

 彼女たちと共に在り続けるために。

 自らの存在と、この友情を無為にしないために。

 これだけは、疑う余地のない、自らのココロに従った決断なのだから。

 

「く、あぁぁぁっ!」

 

 ヤツハの胴に、大きな黄緑の花が咲き誇る。

 折り重なった花弁の放つ不気味な輝きが鎖を桜に還し、そのまま桜の力すら奪い去るように霧散させた。

 

「ま、だっ……」

 

 斃れるわけにはいかない。

 けれど、敵の攻めを退けるたび、否が応でも突きつけられる真実から目を背けられない。

 硬質な黄緑色をした花弁。それが成す結果。

 桜を蝕むこの寄花を、ヤツハの瞳は幾度となく映し出している。

 この因果の根源を、どうしたって意識してしまう。

 

「っ……!?」

 

 ヤツハの周囲に、瘴気の如く澱んだ気配が広がる。簪のメガミが吐息を吹きかけるように力を放っている。

 そして迫るは、再びこの戦場に結実した分銅。

 仕切り直すべきだ、と判断したヤツハが回避を選ぶも、何故か足が動かない。

 泥沼にはまってしまったかのように重く、動かせても蝶すら留まりそうなほどの歩みだ。感覚と身体の乖離に混乱を禁じえない。

 

 当然、ヤツハの身体は鎖の射線上に置かれたまま。

 反射的に怪物のようになった自身の右手を盾として差し出した。

 だが――

 

「あたらよ、ちよに」

 

 突如投げかけられた声を皮切りに、彼我の間合いに不可思議な光が灯った。朝に立ち込めるような淡く白い霧を伴っている。 

 分銅を頼りにヤツハへ迫っていた鎖が、その光に迷い込む。すると、今まで纏っていたはずの勢いがみるみるうちに減じていき、ヤツハに辿り着く前に地面に横たわってしまった。

 起きたのはそれだけではない。朝霧の中から鎖鎌のメガミに向けて飛び出したのは、幻のように白んだ炎だ。到来すべき明日を妨げる者を焦がし、相手の次の動きを咎めていた。

 

「え……」

 

 想定外の状況に、ヤツハは呆気にとられて緊張の糸がたわむ。

 だから、気づかなかったかもしれない。

 でも、特別意識する必要のないものだったからかもしれない。

 新たに感じたのは、確かなぬくもり。

 

「ぁ……」

 

 気づけば、ヤツハは後ろから何者かに抱きしめられていた。今が死闘の最中だということも忘れて、身体も、心も、その感触を受け入れていた。

 温かく、どこか懐かしい。

 知らないはずなのに、自分でない自分が覚えている。

 安堵が、戦いにささくれた心身を優しく包む。

 

 やがてそのぬくもりは、ヤツハに力を分け与えた。

 ただ活力をもらったわけではない。身体を巡るその力の流れは、ヤツハを優しく導いてくれるようだった。

 ヤツハの持つ鏡へ、どう力を注ぐのか。

 その鏡を、どう感じ取るのか。

 誰も教えてくれなかったその感覚が、これまでの何よりも身になっていくよう。

 

 一体何が起きているのか、理屈は分からない。けれど、ヤツハが今感じ、与えられ、そして伝えられたことが偽りであろうはずがない。それだけは、自信を持って言える。

 自らの力の依代を――内なる鏡を意識する。教えられた通りに、自ら触れる。

 こんな感覚を、他の誰も知っているはずがない。

 鏡の持ち主か、あるいは作り手以外には、誰も。

 

「あぁ……」

 

 徒寄花の中で見たあの大きな鏡。

 絡んだ蔦で留め置かれていたあの鏡は、徒寄花が作ったものではないとしたら。

 刹那の内に生まれた感覚と思考に、安堵が陰っていく。

 そこへ、背中から苦笑いを含んだ言葉が。

 

「できれば、もう少しゆっくりと語らいたかったけどね」

「あなたは……この鏡の――」

 

 肩越しに、亜麻色の髪の少女が微笑みかけてきた。今は地に足を着けているのか、ヤツハのことを少しだけ見上げていた。

語り部と呼ばれたメガミ・カナヱは、胴に回した腕に力を込める。

 彼女にもまた、安堵の笑みが咲く。

 

「生まれたのが君でよかった。君はメガミじゃなくても、メガミだ」

「……!」

 

 

 その言葉に、胸が高鳴った。

 しかし、そこにどれだけの想いが込められているのか分かっていても、ヤツハに味わう気持ちの猶予はなかった。

 

 カナヱの手が、ぼろぼろと砕けていく。

 込められたはずの力が、失われていく。

 預けられていた彼女の身体が段々と軽くなり、代わりに淡い光がヤツハたちを包む。

 感触が、消えていく。

 やっと出会えたはずのぬくもりが、どこかへ行ってしまう。

 この決意が生んだ光はヤツハへの手向けだと、どうしようもなく理解できてしまう。

 

「そんな、嘘っ……」

「時間はあまりない。だから、君は君らしく考えるんだ。また会えることを、祈っているよ」

 

 悲壮さはどこにもない。ヤツハを信じているのだと、再会の言葉さえ穏やかに口にする。

 カナヱの言う通り、ヤツハには今も凶刃を向けられたままだ。様子見を終えた二柱のメガミが、選んだ攻め手を行使するべく踏み切っていた。

 焦燥に焼かれるヤツハの手から、カナヱを形作っていたものが零れ落ちる。

 

 優しい光は、不思議な文字のような文様を次々と宵闇に瞬かせる。彼女の髪の色のような光の筋が敷かれ、生まれるのは光輝にて物語を刻む巻物だ。

 それはヤツハの周囲を帯のようにぐるりぐるりと巡り、姿を覆い隠していく。

 ヤツハだけではない。分断されていたクルルやハツミ、さらにはユリナたちも。戦場の至るところに、輝ける緞帳が下ろされていく。

 

 明確な異変に敵のメガミたちが地面を強く蹴る。

 それと、ヤツハの背中にあった重みが消え去ったのは、同時だった。

 闘争の舞台に最後に響かせるのは転換の合図。

 演者たるヤツハが、柔らかな光に包まれた。

 

「かたりべの、はざかい」