八葉鏡の徒桜

エピソード9−7:不在証明

 

 風を切る。風を斬る。

 武神ユリナの姿は今、ウツロと共に黄昏の闇に呑まれようとしている林の中にあった。トコヨたちが潜伏していたと言われていた碩星楼の屋敷の裏である。

 道中、横目で見た屋敷は見るも無残な様相となっていた。腹に潜り込んだ破壊がその身を端から食い破って暴れているかのような惨状だ。

 

 けれど、ユリナは多少後ろ髪を引かれながらも、一直線に林へと飛び込んでいた。

 ホノカを切ったキリコが、相対を放り出して走り去っていったのだ。

 あまりに突然踵を返すものだから、面食らって追いかけるのが遅れるほどだった。ホノカを近くにいた住人に預け、残された気配と勘も頼りにキリコの背中を追い続けてしばし。

 ようやくキリコを捉えたとき、彼女はメガミたちの乱戦の渦中にいた。

 腰に佩いた斬華一閃に手がかかる。

 

「いや……」

 

 鯉口を切ったところで、ユリナはふと気づく。

 果たして自分は、誰に斬りかかろうとしているのか。その目的は何なのか。

 

 ホノカを害したキリコを斬るのは実に分かりやすい話だ。けれど、キリコは明らかにメグミたちに与していた。そして相手にしているのは人の形を捨てつつあるヤツハであり、前情報では名前の上がっていなかったクルルとハツミも、徒寄花の星空にその身を浸していた。

 メグミを中心としたメガミ勢力と、ヤツハを中心とした徒神勢力。構図としてひどく単純であり、メグミがどんな想いで古鷹まで来たのかもユリナは知っている。だが、ここでキリコに切りかかってしまえば、均衡は簡単に徒神側に傾いてしまうだろう。

 

「ユリナ、どうする……?」

 

 ウツロに問われ、しかし竹を割ったような答えは返せない。何かしら行動が必要なのは間違いないが、手足は未だ止まってしまったままだ。

 しかし、そこでふと、何者かの手が肩に置かれた。

 ウツロにしては少し大きく、それでいて細く繊細な手。

 捕捉していない第三者の存在に、胸が大きく跳ねた。

 

「っ……! ――って、シンラさん!?」

 

 逃れるように振り返り、予想外の存在に驚きを隠せない。同時に、接近に気づかないほど考えにのめり込んでしまっていたことに反省した。

 抜刀しそうになっていた刀を慌てて納めるユリナに、シンラが向けていたのはいつもの貼り付けたような微笑みではなかった。

 討つべき敵へ、自ら詰めの手を打とうとする、少しばかり好戦的な笑み。

 

「あなたの迷いは、私の戦いと重なる位置にあるように見えます」

 

 語る彼女が今ここに現れたのは、ユリナにとって不思議でしかない。

 だが、何も事情を告げられていなくても、肌で感じる。

 その存在は力強く、心強い。

 ユリナが、桜花決闘に全霊を賭けて臨む自身に重ね合わせてしまうほどの意気と意思が、ひしひしと伝わってくる。

 

 

 まさしくそれは気炎万丈。

 不意打ちのためなのか、溢れんばかりの気迫を抑え込んでいることすら分かってしまう。

 今からシンラが向かおうとしている舞台は、きっと彼女にとっての――

 

「……ふふ」

 

 ユリナは、少し背の高い知神の表情を見上げながら、口の中だけで笑った。自分と決定的に違うこのメガミには、やはりどこか重なってしまうのだと不思議と納得してしまっていた。

 それを知ってか知らずか、シンラはその手に二冊の書を用意する。

 その一方を、永遠に分かり合えない同胞に差し出して。

 

「私だけでは札が足りなく感じます。ユリナ……大変遺憾ながら、あなたの力が必要です」

 

 

 

 

 

 しん、とあれだけ激しかった戦いの騒がしさは、深い林の奥に消えてそれきりだった。

 衆目は、荒唐無稽にしか聞こえない議題を上げたシンラへと集まっている。

 ただの戯言なら、手を止めさせるだけの方便でしかない。

 だが、その隣にいるユリナも同様の提言をしたあたり、妄言のつもりで発したのではないことは明らかだった。いかにシンラたちが権能を使っているとはいえ、それだけでこの数のメガミの手を止め続けられるわけがない。皆、すぐに切って捨てる話ではないと考えたのだ。

 

 徒神勢力三柱の反応は分かりやすい。今まで繰り広げられていた戦いが自分たちを討ち取るためのものであった以上、待ったがかかるのは何であれ幸いだ。

 何より、現れたシンラはヤツハに敵視を向けず、自分たちに刃を向けたキリコをこそ敵視している様子。乱入してきた第三勢力に望むものとしては最上に近い。当然、先行きが不透明なために気を緩めることはないが、基本的には静観の構えだ。

 

 一方、メグミとハガネとしてはあまり面白くない展開であり、臨戦態勢こそ解いたものの警戒心を隠そうともしない。

 憎き徒神との戦いを止められた上、味方勢力の一員が曲者であると疑義が呈された。全幅の信頼を置いていたわけでもないが、それでもキリコの徒神を打倒する意思は本物だった。あと一歩というところで茶々を入れられた構図に変わりはない。

 だが、シンラが自らの本分で戦いを挑んできた以上、無視するわけにもいかないといったところだろう。これでシンラたちが徒神と化していたなら話はもっと単純で、絶望的だった。

 

「ふぅん……?」

 

 そして、渦中のキリコは憎々しげで、それでいて不敵にシンラを見返していた。彼女もまた、討伐を邪魔された者である。飛んできた横槍が戯言だったら、と思えば当然の反応だった。顔をあからさまな怒りに歪めていないことが、かえって恐ろしい。

名指しされたキリコへ、皆の視線が移る。

 彼女は呆れたように大きなため息をついてから、自分の胸に手を当てた。

 

「君は一体何を言っているんだ……? 私は、ここにいるじゃあないか」

 

 困惑と、それゆえの憤り。

 おまえは今何をやっているのか分かっているのか、と食いかからんばかりだ。妙な疑いをかけられた被害者としての憤怒よりも、桜降る代を危機に晒す愚行をどうにか止めようとしていた。

 

「何より、今はそんなことを言ってる場合じゃあないだろう? 向こう側と同じ危機が、この地にも迫ってるんだ。ほら、見給えよ! 敵の首魁ここにあり、だ。私たちは一刻も早く、この怪物を倒す義務がある!」

「危機……確かにその通りではありますね」

 

 ヤツハたちが渋面を作る。

 しかし、構えないのはシンラからはまだ敵意は感じられないからだ。

 

「では、こうしましょう。ヤツハさんたちが逃げるようでしたら、私とユリナ、ウツロの三柱で戦列に加わらせていただきます。流石にここまでくれば、徒神とて多勢に無勢……結果は見えたというものです」

「…………」

「しかし、共闘するにも疑惑を抱えた味方と肩を並べるというのは、あまり気持ちの良いものではないと思いませんか? あなたも本意ではないでしょう。そこまでお時間は取らせませんから、ここは一つ、闇を晴らしてからといたしましょう」

 

 自分から言いだしておいて、実に面の皮が厚い物言いだった。

 しかし、これに同調したハツミが、狭めた領海の端に腰掛けて傍観の姿勢を誇示した。いまさら逃げても無駄だと理解している……そんな意思表示だ。夜が訪れようとしているのに、影から影へ移動できるウツロもいる以上、実際一柱でも逃げ切れたら奇跡だろう。

 

 敵自らが受け入れた今、キリコに反論はない。反論する理由がないはずだった。

 ここに、議会は成立する。

 論壇に立つシンラは、微笑みを湛えながら、

 

「……ではまず、何故私がそのような疑義を呈するに至ったのか、論旨を示すといたしましょう。そうでなくては、議論は始まりませんからね」

 

 そうして彼女はとうとうと語り始める。

 

「メガミ・キリコ――人であったときの名を、御劔桐子。メガミとしてのあなたの存在は、今や知る人ぞ知る、といったところではありますが、その起りは確かに現代にまで語り継がれています」

「それはそれは、光栄なことだね」

「戦国の乱世を儚んだヲウカのため、凄惨さとは無縁の華麗なる剣舞を舞った――そう、かの有名な花隠れの物語において、後の桜花決闘の起源とされる戦いを披露したミコトのうち、特に優れた剣舞を納めた者、それがあなたです。そして、それがあなたがメガミに成ったきっかけであると、桜花拝の記録にも残されていました。……ここまでは間違いありませんね?」

 

 あぁ、とキリコは短く是と返した。

 それに対し、シンラは少し思案顔をしてから、不思議そうに言葉を続けた。

 

「おや、おかしいですね。今あなたがお認めになった花隠れは、そもそもただの作り話のはずなのですが」

「……続けておくれよ」

 

 今作り話を聞かされているのは自分のほうだと、キリコはそう言わんばかりの呆れ顔で先を促す。

 シンラは余裕を持った笑みのまま、

 

「元々桜花決闘は、桜の力が大地に咲き、散り、そしてまた花開かせる陰陽の巡りを補うために、ヲウカが用意した儀式でした。陰を担うウツロを封じてしまったが故、ミコトに決闘を通じて代わりをさせたのです。もちろん、そのようなこと公にはできませんから、花隠れのような美談が必要になったわけですね」

「…………」

「そうなると、作り話の主役格である御劔桐子を始めとしたミコトたちは、その実在からして疑わしい……まるで都合よく用意された張りぼてのようです。実際、私が聞いて回った限り、キリコをその目で見たというメガミはいませんでした。……皆さんはどうですか?」

 

 端から流すように、聴衆に問いかける。しかし、ヤツハを始めシンラが語った桜花決闘の真相に驚いている者はいこそすれ、その新説の反論となる証言をする者は一柱もいない。もちろんそこには、ハガネやハツミといった当時既に存在していたメガミも含まれている。

 この場にいないヲウカの証言だけが、キリコの実在を物語る。

 視線をキリコに戻したシンラが、人差し指を立てて告げる。

 

「『起源を偽りの物語に置くメガミ・キリコは、その存在もまた偽りである』――これが私の主張です」

 

 彼女の言う主張が、皆に染み渡っていく。このまま反論がなければ、己の認識が洗われ、疑問にすら思うことなく受け入れてしまいそうな奇妙な説得力を持つ言霊だ。

 しかし、ここはシンラの宣言通り議論の場。

 自身がそう定義したが故に、一方的に裁可が下ることはない。

 

「そんなこと言われてもねえ……現に剣舞を舞った私はここにいるんだし」

 

 当たり前のことを言わせられているのが馬鹿馬鹿しくなっているのか、頭の後ろを掻くキリコからは怒りすら蒸発しているようだった。

 キリコは少々ぶっきらぼうに反駁する。

 

「私を見たメガミがいないって、そりゃあずっと眠ってたんだから仕方ないじゃあないか。過ぎた身分で騒がれたくなかったんだよ。そもそも、あのお方の悲しみに言いがかりをつけるのは、私としては不愉快なんだけど」

 

 力こそ込めていないが、キリコは軽く長巻の刃先をシンラに向けた。キリコにとっては彼女の主の名誉に関わる問題なのだから、即座に切りかかっていないだけマシだろう。

 

「事実を虚構呼ばわりする君の言説こそ眉唾ものだね。そんな信憑性も定かじゃない君だけの妄想で、実存を否定されちゃあ困る」

「シンラさんだけじゃありませんよ」

 

 警告を受けたシンラに代わり、答えるのはユリナだ。

 彼女は手にした書の在り方を確かめるように持ち直してから、疑問を浮かべるキリコへ証言を述べる。

 

「わたしが人間だった頃、宿してたザンカに聞いたことがあるんです。桜花決闘が成立したきっかけに、ヲウカとウツロの戦いがあったって。当時皆が知ってたお話に、そんな内容はありませんでした」

「ご存知かとは思いますが、ザンカは花隠れ当時には当然存在していたメガミです。彼女の証言と後世の伝承の食い違いは、少なからず真実が歪められていた事実を示しています。完全な創作、というのはいささか乱暴だったかもしれませんね」

 

 申し訳無さそうにしながら、しかしシンラは主張を取り下げることはない。ユリナと示し合わせて、これまでわざと強弁していたのかと疑いたくなってしまう。

 けれどキリコは、肩をすくめるばかりだ。

 彼女の目線を追えば、そこには論壇の後ろで控えるウツロがいた。

 

「あのウツロが平然と受け入れられていたり、どうも私の常識は現代に通用しないらしい。もしかして、それが現代の……桜降る代における通説だったりするのかい?」

「はい」

 

 シンラの返答は、あまりに端的で取り付く島もない。であるがゆえに、裏があるのではないかと詰め寄る取っ掛かりがまるでない。

 実際、シンラの語った説は一般に広まっているという意味での通説とは違う。ウツロの存在を受け入れてもらうため、彼女を今までの花隠れに登場人物としてねじ込み、新たな桜花決闘の宣誓に至るまでの経緯を整えて着飾った物語が、新たな伝承として流布されている。

 

 だが、シンラはそれらの事情をばっさりと切り落とした。編纂に携わった当事者であるユリナとウツロも、あえて言及することはない。

 シンラはただ、訊かれたことに素直に答えただけだ。

 キリコの言った『それ』が、花隠れにウツロとの戦いがあったことを指すのなら、是であることに変わりはない。余計な情報を与える気はさらさらないのだと、たった二文字の返答に意思が込められていた。

 

「過去の花隠れが含んでいた創作性については、ご納得いただけましたか?」

「はぁ……」

 

 苛立たしげに溜息をつくキリコが、それから沈黙を生む。

 出自が丸ごとでたらめではなかったとしても、そこに虚構があるのなら、まだまだキリコの存在は疑わしい。多少角度を変えたところで、シンラの主張の骨子は変わらない。

 たとえ虚構に虚構を積み重ねられたとしても、一つ一つ丁寧に暴いていくだろう――味方にとってシンラはそう確信するに足るメガミであり、相手にしてみたらどこまでも執拗に攻め立ててくる仇敵にすら思えるはずである。

 

 ちら、ちら、とキリコの目がヤツハたち徒神を気にするように度々捉える。いかに本人たちに逃げる気がなくとも、時間を無駄に使えばさらなる援軍が来ると考えるのは自然であり、ハガネも共感しているようだった。

 だが、そういった状況ですぐ反論しないキリコに、説明を求める視線が集まっていく。

 やがて彼女は、溜まった鬱陶しさを全て吐き出すような盛大なため息をついた。

 

「はぁーっ……分かった! 分かった分かった、認めよう。確かに花隠れは都合よく仕立て上げた話だし、ヲウカ様とウツロの戦いもあった。おいそれと認めるわけにもいかない立場なんだから、そこは理解しておくれよ」

 

 降参するような自白は、けれど含みを持たせた言い方だ。

 その印象の正しさを示すように、キリコは本題を否定し続ける。

 

「実際の私は、桜花の従者としてウツロと戦ったミコトだったんだ。ヲウカ様と共に死闘を繰り広げ、辛くも勝利した。メガミになったのは本当はその功のおかげ。桜花決闘も剣舞が起源じゃなくて、ヲウカ様と私で一生懸命考え出した仕組みで、どうせ表に出るつもりのなかった私の存在が物語の主役としてちょうどよかったんだ」

「……なるほど」

「私にここまで言わせたんだ、変な言いがかりは引っ込めてもらえると実に助かる。もちろん、この桜降る代も助かって万々歳だ」

 

 長巻の切っ先が、今度はヤツハを向いた。ここでシンラが引けば、三柱の徒神を滅ぼす戦いが再び幕を開けることになる。

 しかし、キリコが自ら開示した真実に、疑問がすっぽりと答えで埋まったような納得感が場に広がっていたこともまた事実だった。ヲウカの歴史改竄はこの場の大半にとってもはや周知の事実である上、最古に数えられるメガミの討伐ともなれば武勇として実に誉れ高い。

 

 今度はシンラが黙る番だった。だが、考えを巡らせ続けるその姿は諦めとは程遠い。

 それを見て取ったキリコは、追加の説得材料を探してか、顎を摘んで少し考えると、

 

「そうだ、ちょうどいい証人がいるじゃないか。あのとき戦っていた女が一人居ただろう? なあ、ウツロ」

「え……」

 

 突然水を向けられたウツロは、反射的に言葉に詰まってしまった。一同の視線が灰髪の少女へと集約されるが、それは答えへの期待が少々で、多くが心配の眼差しだ。

 求められた過去は、このウツロにとっては朧げな記憶としてしか残っていない。しかし、長き封印の呼び水となった出来事は思い出そうとするだけで苦痛をもたらす。普段は蓋をしているその記憶をいきなり呼び起こされ、ウツロの顔が苦悶に歪んだ。

 

 それでも、たとえ無理やりでも証人としてあてがわれた以上、ウツロは濃い霧の中を泳ぎ、当時を手繰っていく。

 そこで彼女が掴んだのは、確かに「誰か」いたような、そんな漠然とした感覚だ。

 だが、口をついて出ようとした答えをウツロは咄嗟に止めた。その記憶をそのまま証言することが、直接ユリナたちへの反証となってしまうことに気づいたからだった。

 こめかみを押さえたウツロは、か細く震える声で回答を絞り出した。

 

「……ぅ、ううん、いなかった」

 

 場に満ちた気配がざわめいた。

 キリコに向けられた眼差しが、再び疑念を強めていく。メグミたちの瞳にはありありと動揺が浮かび、キリコとウツロの間を視線が彷徨った。

 

 しかし、この致命的な証言を受けても、キリコは不敵に笑っていた。

 せせら笑うように、彼女はその意を告げる。

 

「嘘だね」

「……!」

 

 偽証を咎める言葉の刃が、ウツロの喉元へ突きつけられる。

 キリコはそのまま、論拠を述べる。

 

「ユリナがザンカから花隠れの異説を聞いたのなら、少なくともザンカは、あそこで何が起きたのか知っていないとおかしいよね」

「……! い、いや……ザンカは、いたから……」

「嘘だね! だってザンカは、そのときにはもうヲウカ様により封じられていたんだからさ。桑畑の惨劇を鎮めるために、残念ながらね。そうだろう?」

 

 問われたのはユリナだ。そして、否定することはできなかった。調べれば分かる上に、ザンカの語りは本人を登場人物としていなかったことを彼女は覚えている。

 ユリナは半ば悔しそうに、小さく首を縦に振る。

 そこに割って入るのはシンラだ。

 

「ヲウカがザンカに伝えたとも考えられますが」

「んー、それは私が伝えたとて同じことだよね。ザンカから伝え聞いていたユリナとしてはどうだい?」

「……っ」

 

 けれど、証言者たるユリナは唇を噛んで渋面を作るのみだった。明らかに伝聞調ではなかったし、誰々から聞いた話だ、なんて前置きもなかったという記憶に嘘はつけなかった。

 

「…………」

「ふふ、その反応が真実を物語っているね。そもそも伝聞よりいい方法がある。だろう?」

 

 ユリナはそう促されて、思い至る。

 ザンカは、自分がその場にいたとは決して言っていないのに、その場の空気を感じ取っていた風に語っていたことを。

 それを叶える方法が一つだけある。

 

「……はい」

「そう、メガミは真に深く縁を結んだ相手がそれを受け入れたとき、力の流れを通じて物事を見聞きできる。あのときは当然、ウツロと戦うためにザンカの力を引き出していたからね」

「それは……」

 

 味方を利用されての反論に言い淀むウツロ。済まなそうにユリナを見やった態度が、手詰まりを訴えていた。

 ユリナは、キリコの言う深い縁の実例だからこそ、その反論を受け入れざるを得ない。そしてキリコが実際にザンカと縁を結んでいたどうかは、ザンカ本人が既に花と散った以上、真に確かめることはできない。

 

 そして、視点となった者の具体的な名を聞かされた覚えはなく、それは別人だと核心をつく反論もできなかった。

 本当にキリコがいたのか、それともキリコはユリナが別の名前を挙げられないと確信していたのか。キリコの考えが読み取れず、ユリナの中に悶々とした迷いだけが積み重なる。

 

「つまり、そこにはザンカを縁を結んだ誰かが居たんだ。その誰かこそ、ヲウカ様と共にウツロを打倒した類稀なるミコト・御劔桐子だった――そして武勲を認められ、メガミと成った。それで話はおしまいさ。実に単純なことだ」

「っ……」

 

 歯噛みするユリナ。いつの間にか現れてしまった真相に、どこか粗がないかと必死で考えを巡らせているようだったが、二の句を継ぐ気配はない。

 その様子に、キリコが議論に決定的な一手を打ったのだという空気が満ちていく。欺瞞を暴く側の存在が、理由はともあれ嘘をついたという心象の悪さもそれに味方していた。安堵を滲ませるメグミが、再開の時を思い描くように手に力を込める。

 

 沈黙が場に降り積もる。

 ただの言いがかりに割いた時間をどう捉えるかは、各々の顔色が物語っている。

 後は決を取るだけ――その役割を果たすはずの何者かの一声を待つ場の中に、よく通る声が投げ入れられた。

 

「即ち――」

 

 メガミたちの意識を、シンラが一手に集めた。

 議論をふっかけた側が終わりを告げるのかと、誰もが彼女の発言に耳を傾けていた。

 

「キリコさん、あなたの主張を整理するとこうです。花隠れの物語は作り話であり、ヲウカとウツロの諍いこそが真実だった。あなたは本当は、ウツロと戦ったミコトである。ザンカが知っていたのは、あなたと深く繋がっていたため、あなたの目を通して見たためである。そして武勲によりメガミとなったあなたは、ヲウカと共に桜花決闘の仕組みを作り出した……これで正しいですか?」

「はぁ……相違ないよ」

 

 言葉を飾る必要などないと、キリコはため息交じりに認めた。

 そして彼女は、場に満ちる空気を建設的な未来へと導かんとする。

 

「気が済んだかな? まあ、メガミが侵食されるこの大事だ、不安になるのも分かるよ。これで妙な疑念が晴れたのなら――」

 

 だが、閉会に向かおうとするキリコの意思は、言葉の刃で切り裂かれた。

 意志と共に、権能の籠もった言葉で。

 

「『やっぱり、おかしいです!』」

 

 

 異議を唱えたのはユリナだ。

 勢いのあまり、手にした書にひどく皺が寄っている。

 

「……!」

 

 驚きを浮かべ、キリコは声を呑み込んだ。聴衆の誰もが、ユリナに釘付けになったまま動きを止めていた。

 権能が籠もった言葉を突然投げかけられれば、確かに皆驚く。それが問題提起の形であれば意識が続く言葉へと誘導されてしまうのだからなおさらだ。

 だが、それよりも皆が驚いていたのは、この期に及んでユリナの言葉にその力が乗っていたことそのものだろう。

 

 彼女が借りているシンラの権能は弁論。

 即ち、その言葉には理が籠もっていなくては機能しない。

 これは苦し紛れの駄々とは違うのだ。

 そしてユリナは、自分の中で練り上げられた理をぶつける。

 

「『それならなんで、桜花決闘に興味がないんですか!』」

「は……?」

 

 全く想定外の切り口だったのか、キリコは愕然とする顔を晒していた。

 一見して、ここから論理的に何かの結論が導かれるとは到底思えない指摘だ。けれど、誰もがユリナの語りに注目しているし、切って捨てることなどできようはずもない。感覚的な指摘に聞こえたとしても、実際に彼女は論理の力を使いこなしているのだから。

 

 その意外さや、あまり感情を表に出さないウツロですら、はっきりと目を疑っていた。

 傍らのシンラだけが、反撃に打って出るユリナのことを静かに見守っている。

 衆目を一身に引き受けながら、ユリナは持論を展開していく。

 

「桜花決闘を作った人って聞いてわくわくしたのに……桜花決闘の始まりを教えてくれたときも、わたしが最近の桜花決闘について話したときも全然熱心じゃなくて……ただの知識としてしか見てない感じでした」

 

 それに、と鋭い眼差しがキリコを射抜く。

 胸の奥で燻っていた炎が、ここでようやく矢の形になってくれた、と。

 

「ここに来る前、ヤツハさんを邪悪と言ったキリコさんに、わたしはこう言いました。桜花決闘を通じて、ヤツハさんからこの地を愛する意思を感じた、って」

「…………」

「でも、キリコさんはこう返しましたよね。そんなの判断材料にならない、本心なんて分からない、って。決闘で通じ合ったわたしの感覚に、あなたは一切共感してくれなかった! それどころか、決闘で相手と分かり合えることすら理解してくれなかった!」

 

 感情が高ぶるままに、ユリナはキリコへと突きつける。

 切っ先ではなく、糾弾の指先を。

 

「ヤツハさんをどう思っていたって、これだけは言えます。キリコさん、『あなたが桜花決闘に無関心であることだけはおかしい!』」

 

 桜花決闘を愛するユリナだからこそ抱いた違和感。

 弁論の権能を帯びて突きつけるのは、武神の論理であぶり出された矛盾。

 当のキリコは、まさかこのような論理展開になるとは思っても見なかったのか、長巻を地面に突き刺して放ってまで頭を抱えた。

 

「いや、いやいやいやいや、そんなこと今は関係ないよね!? さっきだって、この地全体の危機を前にして、不確かな感覚には頼り難い、って話をしただけじゃないか!」

「いえ、意外と関係はありそうですよ」

「……!」

 

 暴論だと押し流そうとしたキリコを、シンラが抜け目なく穿つ。

 ユリナの荒削りな論理を、講釈するかのように補足していく。

 

「裏のあった桜花決闘の開祖という肩書を、仮に横に置いたとしても……あなたは、ザンカと深い繋がりを持っていたとおっしゃっていたじゃありませんか」

「……そうだね」

「武を競い、勝利を尊ぶザンカは、それはそれは桜花決闘を気に入っていました。それなのに、ザンカの寵愛を、自らの身にメガミの感覚そのものを通じさせるほど授かっていたはずのあなたが、そんな調子でいてよろしいのですか? それほどのミコトなど、歴史でも数えるほどしかいないというのに」

 

 シンラの言葉を受け、ユリナがその手に刀を顕現させる。

 斬華一閃。先代の武神・ザンカより受け継がれた、ユリナの愛刀。

 過去、使い手に破滅をもたらす呪いの剣だったそれは、今や勝利と、桜花決闘への愛の象徴となって久しい。

 

 抜身の刃が、ユリナの前の地面に突き立てられる。

 この刀に誓って、もう一度同じことが言えるのか、と。

 戦いを愛したメガミに、唾を吐けるのか、と。

 ごくり、とキリコが息を呑む音が聞こえるようだった。

 

「だ、だとしても、ユリナの言い分は、どこまで行ってもただの感想でしかないだろう」

「感想は感想でも、この桜降る代において誰よりも桜花決闘を愛し、誰もがそれを認めた、ザンカの後継の感想、ですけどね」

 

 権威を認めて然るべし、と本来なら権威を持つはずだったキリコに突き返す。都合よく作った桜花決闘には愛着がないのだと否定するのも分が悪いだろう。何故なら、戦いに愛着を持てない人間がザンカと心通わせることなど不可能で、ウツロ討伐に足る実力を持っていたのかすら疑問視されてしまうからだ。

 一転して主張が退けられていくキリコは、皆に聞かせるように言葉を作る。

 

「待っておくれよ! なあ、この地の危機なんだ、何かの好悪で物事を決めてる状況じゃないだろう!? こんな言いがかりで内輪揉めしても徒神が喜ぶだけだ! どうか一度冷静になって、自分たちの言ってることを省みてはくれないか……?」

 

 キリコの離反で得をしないメグミたちは、取り除くべき獅子身中の虫なのかどうかの判断に煩わされているようで、唯一味方し得る立場ながらその正論らしい正論に声を上げられないようだった。

 だが、次の一矢は残る迷いも粉砕していく。

 私怨を隠さず、ユリナは追及する。

 

「『それなら、なんでわたしたちを襲ったんですかッ!』」

「……ッッ! 潰すぞ、この餅饅頭がァァッ……!」

 

 議場がどよめいた。端正な顔を歪めての激昂は、キリコからもまたユリナに対する私怨を感じさせてならなかった。

 しかし、議論の場は感情によっても、暴力によっても滞ってはならない。

 それを体現するシンラは、むしろキリコの激情をまるごと呑み込んでしまうような不遜な笑みを湛え、真っ向から立ち向かう。

 真摯なる威圧感が、一連の議論の結論へ向かうシンラを妨げることを許さない。

 

「自らの好悪に依らず、ヤツハを討伐しようとしたあなたと、この機に乗じてホノカに刃を向けたあなた。どうも言動に一貫性がありませんね。内輪揉めを仕掛けているのは、むしろあなたのほうだと言えます。現にこうして、ユリナたちに敵視されているわけですし」

「っ……!」

「あなたの行動は一見して愚策です。つまり、後の不利益よりも、それで得られる利益にすぐ手を伸ばす必要があった――」

 

 三日月の形に、シンラの口が嗤った。

 大事に隠されていたものを見つけてしまった、悪戯めいた視線をキリコへ送る。

 そして、流れ流れた論点の果てに告げる。

 キリコが自身の存在を証明し続けるために必要な、最後の謎を。

 

「『あなた……何か他にしたいことがありましたね?』」

 

 不条理な行動の動機。

 論壇に立たされたキリコには、それが不条理ではないと証明する義務がある。

 それが如何に困難か誰もが悟り、眼差しが不審なものを見る目へと変わっていく。自分の得物の所在を確かめる気配が、メガミ徒神問わず続く。

 

 ギリ、ギリ、とキリコは苦虫を噛み潰すだけで、いつまで経っても反論は始まらない。

 それはつまり、ユリナの疑問から始まった一連の議論の終着を認めるに等しい。

 桜花決闘に興味のないキリコはおかしい。

 武神の主張が通ったと見るや、シンラは結論へと畳み掛ける。

 

「こうなると、あなたがキリコではないほうが筋が通ります。だとすれば、何故キリコをのうのうと名乗り、そしてご本人が出てこないのでしょう?」

「ぐ……」

「可能性は二つ。キリコは端から存在しないか、既に消滅しているか……まあ、私は前者だと推測しているわけですが」

 

 事実がどちらだろうと、実際のところあまり関係がない。

 シンラが最初に俎上に上げたのは、メガミ・キリコが存在しないという一点のみ。たとえ歴史上に存在したとしても、現在の不在を主張するのに何の不都合もない。

 そして今、目の前に存在するキリコは、現在の自身すらも証明に失敗した。

 故に為る。

 

「『以上、この剣舞の舞い手は、その不在を証明された……!』」

 

 

 シンラの書から飛び出した数多の文字が、欺かれた世界に真実を取り戻すよう、キリコへと殺到する。これまで交錯した論理が輝きとなって、影を遍く祓わんとする。

 不在を証明された者に、この世界への存在は許されない。

 謳われし剣舞を描いたであろう長巻が、桜の光となって溶けていく。

 神楽装束が端から還っていき、纏った欺瞞の厚さを示すように、キリコが――いや、キリコを名乗っていた何者かが、真実の光に包まれていく。

 

「…………」

 

 砕かれていく姿に、先程まで浮かべていた激昂もまた拭い去られた。興味どころか感情も失くしたように、キリコは能面が如き無表情を晒していた。

 ずっと滲ませていた不敵さすらも今はなく。

 化けの皮が剥がされていく中、しかしその意思までもが払拭されることはなかった。

 

 にぃ、と。

 ようやく思い出したかのように、キリコの顔が狂ったような笑みを形作る。

 そして彼女は、閉会の言葉を告げた。

 

「あーあ、ばれちゃったです」

 

 

 

 

 

 甘く、小馬鹿にするようでいて、どこか血の味が混ざるような、そんな声色だった。

 今までの飄々とした女性然としたものはまるで別人のようで、周囲はメガミたちの警戒の色で満たされる。メグミとハガネですら、ついには意識の配分をキリコに重きを置いたようで、決定的な情勢の変化が訪れる。

 そんな針のむしろの上で、キリコは開き直ったかのように平然と言った。

 

「でもでも、そこまでおかしなことは言ってないのですよ?」

 

 張りぼての彼女に幼い女の子が迷い込んだような、気味の悪い違和感を伴った声だ。声質がそのままなのが認識を狂わせてならない。

 だが、その比喩が順当なものだと主張するかのように、さらに輝きを強めたキリコの身体から、不在を証明する文字ごと何かが剥がれ落ち始めた。

 

 するすると、地面にしなだれ落ちるのは光の帯だ。

 今までキリコは反物を織り上げてできていたのだと言わんばかりに、その身体から装いに至るまでの何もかもが、解けて崩れ去っていく。

 

 そしてその奥にあったのは、少女の姿。

 この地――否、この古鷹という領土では知らぬ者のいない、桜と遊ぶ可憐なメガミ。

 永遠の象徴、トコヨ。

 

「《この演目は、怪物の物語よ》」

「なんで――……!?」

 

 

 驚愕の中、真っ先に踏み込もうとしていたクルルとハツミが、その動きを制された。

 彼女たちめがけ、鷹のように扇が飛んでいった。まごうことなき、トコヨの技だ。

 だがしかし、トコヨは今、屋敷の傍でカムヰと戦っているはずであり、何よりもキリコだったものが見せた姿は、徒神と化して凍りついた桜の花びらのようになってしまった今のトコヨではなく、皆のよく知る桜色の少女であった。

 

 異常が、ここに顕現している。

 それを証明するかのように、また、キリコであったモノが光の帯に解けていく。それが悪い結末を導くのでは、と論壇を降りたユリナとシンラが身構える。

 しかし、押し付けられた論理がそれを許さない。

 

「《徒寄花は、向こう側を滅ぼした邪悪なる存在なのですから》」

「っ……!?」

 

 

 立ち位置を改めようとしていた彼女たちが、その動きを止める。さしものシンラとて、このときばかりは確と驚きを顔に浮かべていた。

 変化の衣の中に新たに生まれていたのは、シンラその人だった。

 鏡写しにしたかのような存在は、事がここに至った根幹の論理を提示する。込められた言葉の力を前に誰もが否定できず、そのためならば、と行動に移せない。

 

 さらに、しゅるりしゅるり、と皮が剥がれていく。

 その淡い光からこぼれ出してきたのは、輝きを失った桜花結晶の塵たち。

 其を従えるは、塵化を司る者。

 だが、すらりと高い上背は、現在の彼女の姿とは違う。

 

 終焉の影、旧き時代のウツロ。

 場の緊張感が一気に高まった。英雄譚において、桜降る代の桜という桜を一瞬で枯らしてしまった衝撃は、当時を知る者にとっては未だ鮮明に胸に刻まれている。

 

「《怪物は、英雄に斃されるべき……》」

 

 

 儚げな声色で論理を引き取った彼女が、ふ、と力を抜いて背中から倒れ始める。

 その瞬間、断末魔をすら思わせる唸り声が低く響き渡る。

 

「ア……ア、ァァ……――」

「え――」

 

 ユリナの背後で影の大鎌を振りかぶっていた本物のウツロの手から、大鎌が霧散した。距離を飛び越えて為すはずだった斬撃はなかったことになり、短い夢でも見ていたかのように散った影がまた大鎌の形を思い出していく。

 誰にも妨げられないまま、地面に倒れようとしていた『何か』を、足元に折り重なった数多の光の帯が包み込む。

 

「《ゆえに、物語を本筋に戻すべきじゃないのかな?》」

 

 

 キリコに戻った声が、衣の繭からいやに鮮明に聞こえてくる。シンラの権能をまだ使われているのかと思ってしまうほど、彼女の声は不思議と意識に染み込んでくる。

 織り上げられた帯はやがて立った人間を飲み込むように天へ膨らみ、また今までと同じように解けていく。

 

 するり、するり。するするり、と。

 今度は誰なのか、最大の警戒と共に皆が注視する。

 そして顕になったのは、実に小柄な童女の形。

 胴と僅かな腰回りにだけ纏った衣は実に危うげで、地面に着くほどに長い帯が幾条も生えたような羽織があっても、本人はそれで肢体を隠そうともしない。茸の傘のような帽子と相まって存在感こそ大きく感じられるものの、この場の誰よりも背は低く、先程変化したトコヨと比べてもどうか、というほどに小さかった。

 

 

 藤に桜の光が差したような色を纏うその童女は、まさに衣から生まれたという風情でじっくりと目を開く。

 そして、シンラを始め、自分の正面側にいたメガミたちに向け、己の存在を告げる。

 降参を告げたあの甘い声色が真に似合う、不気味なほど可愛らしい声で。

 

「どうもどうも! 自分は、嘘を象徴するメガミ、レンリちゃんですよー」

 

 誰も、反応できなかった。未知の存在に名前がついたことだけが、皆の幸いだった。

 しかしその中で、これまで対峙していたシンラだけが、驚きを呑み込んで再びレンリと向き合う意思を見せた。

 彼女は、努めて平坦な調子で訊ねた。

 

「あなたが、『騙り』部さんですか?」

 

 あえて強調した単語に、共感を示す者はただ一柱。

 レンリが、溢れんばかりの笑顔を浮かべた。

 今彼女に湧き上がったであろう幸せは誰のためにもならないのだとひと目で分かる、無垢でありながら邪でしかない笑みだった。

 

「よくぞよくぞ言ってくれました! 皆々様良いように踊ってくれて、胸がきゅんきゅんしちゃいました」

 

 垂れた衣を掴みながら、組んだ手を媚びた仕草で振る。

 それからレンリは、シンラだけでなく問いかけるように、語りかける相手を広げた。

 こちらも見て。

 そう……はっきりと『こちら』も見て、レンリは悪戯めいて微笑んだ。

 

「つまらない語り部さんじゃなくなって、むしろよかったんじゃないですか?」

 

 

 そのままくるり、とその身を翻す。

 今その時、彼女の眼中にメガミたちはない。

 わざとらしく、何かを思いついたように頬に人差し指を添える。

 そしてこちらに向けて、レンリは告げた。

 

「あ、でもでも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今だけは皆々様の味方ですので、

 この地を蝕む邪悪を打ち破れるよう

 どうかどうかご声援をお願いしますね