神座桜縁起 後日譚

第6話 第二回天音杯 第一舞台

「いよいよですね!」

 

 胸の前で両手を握るユリナ。意気揚々とした彼女は、集った皆が座すのを待ちきれんばかりだ。両隣のホノカとウツロも同じように静かに奮起していた。

 天音神社あまねじんじゃに設けられた大広間。列席した人々の表情は概ね明るく期待に満ちたもので、苦労を滲ませていたとて世間話の種にできる程度のもの。かつてメガミたちがこの場で桜降る代の存亡について論じていたときとは大違いだった。

 

 列席者の半数は、桜花拝おうかはいの者たち。天音を担当している宮司だけではなく、各地の責任者級が顔を揃えている。本部である桜花大社の面々もおり、その最たるものとしてヲウカが最前列右端に座していた。

 そのヲウカの反対側には、シンラを筆頭に碩星楼せきせいろうの賢人たちが居並ぶ。彼ら賢人と一部地続きになる形で、天音近隣を始めとした北部を中心に、各地の名主や大商人が集っており、その地方を下支えする有力者の見本市の様相を呈している。

 

 参加者の着席を見届け、衆目がにわかに集まったのを感じたユリナは、咳払い一つしてから、高らかに告げた。

 

「皆さん、お集まりいただきありがとうございます! これより、第二回天音杯の全体会議を始めます! まずは、運営統括から現状についての共有です。ぽわぽわちゃん、お願いします」

「はいっ!」

 

 笑顔でぺこりと一礼すると、ホノカは傍に置いていた書を広げた。

 

「初めに、各地で取りまとめてもらっていた参加者についての速報ですっ! 先ほど集計したところ、既に百を優に超える数が集まっていて、強豪の方々のお名前も多々見受けられる状況でしたっ!」

「おぉ!」

「わたしの我儘から始まった、今回の新しい試み……ミコトの皆さんにまずは届けられたのは、ここにいる皆さんや各地で頑張ってくれてる人たちのおかげですっ! 本当にありがとうございますっ!」

 

 改めて、深々と頭を下げる。メガミのそんな行いにぎょっとする出席者は無ではなかったが、新顔の彼らは隣席の面々に温かい笑顔を向けられていた。

 それからホノカは続けて、

 

「一方で、まだまだ頑張らないといけない部分も見えてきてます。会場をここだと勘違いしていそうな文が来ていた他、一部の道中の宿場が受け入れに困りそうという点は、急ぎ目で対策しておきたいです。この後の分科会で、検討お願いしますねっ!」

 

 主に商人たちが自信ありげに頷いて見せる。

 

「今回の招集で確認しておきたいのは、それらの課題にどう対応するか、それから現地に入る宮司をはじめとした運営人員の確定ですっ! あとは、今のところ分かってる来賓と、それぞれの受け入れ態勢、大会の進行についてですねっ!」

「…………」

「会場となる雷閣決闘場は、南西部で最大の決闘場ですが、これほど大きな規模で使うのは今回が初めてです。現場の状況はどうですか? 青雲せいうんさん」

 

 ホノカに水を向けられ、一人の宮司が軽い礼でもって応える。

 老齢が半数を占める宮司の中にあって、ひときわ凛とした雰囲気を纏う初老の男だ。かつては小さな社の管理者に落ち着いていたが、その手腕を買われ、今や大決闘場の筆頭宮司となった人物である。

 彼は隣の若い宮司から書状を差し出されたが、受け取るだけでそれを見ることなく、

 

「決闘場の改修や宿場の整備は最終段階に入っており、おおむね順調と言えるでしょう。特に山城からの協力は建築面で大いに助かった他、天幕によって要求水準まで宿の増設が叶ったのは、稲鳴いななりの民の力添え合ってこそです」

「天幕! でも、そこまでしないといけなかったのは、時間が足りませんでしたか……?」

「いえ、どちらかと言えば、他地域との連携に難があるためです」

 

 青雲は、粛々と政を進める役人のように語る。

 

「雷閣のある菰珠こだまへは、様々な経緯から街道がさほど発達しておりません。そもそもこの規模を満足に捌ける街道などないでしょうが、特に龍ノ宮たつのみや方面は人も物も滞りがちです。緩和策を講じている一方、引き続き各所に整備を働きかけています」

「ありがとうございます。そこまでお任せしてしまうことになって申し訳ないです……」

 

 しゅんとするホノカ。

 しかし、青雲はそれに首を振った。

 

「むしろ、この私を受け入れ、ここまで任せていただいていることに感謝しています。各地に広がった決闘文化をより深め、次なる時代へと繋いでいくためのこの挑戦……その意義深さに受けた感銘を、働きによって示せるのですから」

 

 彼の眼差しはホノカたち主催側に向けられてこそいたが、手振りと共に朗々と告げるその言葉は、肩を並べる者たちにもまた語りかけるよう。

 

「天音での大祭は、確かに決闘文化の象徴足り得ました。しかし、その熱意を一つ所に収めておくのは実に惜しい。ですから、遍く全土を舞台に、祭と祭を束ねる壮大な祭として催すことは、文化の深化にとって効果的で、大変有意義な一手に他なりません」

「…………」

「今回、その第一陣として我々雷閣決闘場らいかくけっとうじょうを選んでいただけたこと、一同に代わりこの場を借りて改めて感謝申し上げると共に、開催に全霊を尽くすことを誓います」

 

 胸に手を当て、宣言を締めくくる。その意気込みを称える拍手がぽつぽつと鳴り、やがて会場に広がっていった。

 嬉しそうに微笑んだユリナは、

 

「ここ数年で、一番勢いがある決闘場と言えば、雷閣決闘場ですから」

「青雲、がんばってる」

 

 ぽつりと労うウツロ。青雲は口端に小さな笑みを乗せてから、折り目正しい礼で皆の称賛を受け取った。

 会議の場は、現地の責任者の熱の籠もった発言に高まった士気が、方々から立ち上って見えるかのようだった。どれだけ真面目な顔を突き合わせていたとて、結局は同じ大きな神輿を担ぎに来た者でしかないのだから、大なり小なり感化されるのも無理はない。

 

 そんな気配を感じ取ってか、ホノカが議長であるユリナに視線で先を促した。

 

「ここまでで、何か気になることや、他に質問のある人はいますか?」

 

 その問いに、ゆっくりと手が挙がる。

 紋付きを纏ったその男は、ユリナに促されると、声の調子を確かめてから訊ねた。

 

雷閣王座戦らいかくおうざせんという、大会の名称について聞かせて欲しい。雷閣は、まあ会場のことだからいいとして、王座戦ってのはどういう意味なんだ? ウチの腕自慢も、その辺ピンと来てないみたいで、説明が欲しい」

「それについては、運営統括から」

 

 手で促されたホノカは、にっこりとしながら答えを告げる。

 

「王座とは、大会の覇者が名乗れる称号ですっ!」

「称号……?」

「例えばミコトの皆さんは、葉月の龍ノ宮大会優勝者とか、夏の雷閣覇者とか、そういう感じにどこで勝ったかで呼んでると聞きますっ! それも良いですが、雷閣王座みたいに大会で定めた称号で呼べれば、もっと盛り上がれると思ったんですっ!」

 

 それから、とホノカは続けた。

 

「その称号を名乗ること、それを誉れとすることは、決闘に想いを寄せるミコトの皆さんにとって、何より価値があることになるんじゃないかと! 開会式でも説明するつもりでしたが、さらなる広報も検討してみますねっ!」

「なるほど……」

 

 説明を男が咀嚼している間、聴衆の反応を眺めていたホノカが、ふとシンラと目が合った。

 一瞬の交錯ではあったが、ホノカの瞳が挑発めいて色づく。

 対して、静かに笑みを湛えたシンラは、反対側に居るヲウカの表情をちらりと窺った。ヲウカは一言も発さぬまま、余所行きの柔和な顔を貼り付けたままであったが、その様子が少しだけシンラの笑みを深めさせた。

 

「大変よく、考えられているようで」

 

 微かなどよめきを生んだシンラの評に、ホノカが鼻を鳴らした。

 質問者も差し込まれたその言にやや面食らっていたようだが、納得の表情を浮かべる。

 

「あーつまり、誰々雷閣王座と称えられる栄誉をかけた戦い、ってことか。箔をつけるわけだ。天音杯の一環として、大会の権威も十分だろう、と」

「そうですっ! だからこそ、栄誉に相応しい大会にしたいんですっ!」

「ははっ、グダグダだったら格好がつかねえもんなあ。よし、承知した。当家でもできる限りの協力をしよう!」

 

 威勢よく脚を叩いて礼をし、質問を締めくくる。

 彼の最後の意見は、議場に一匙のひりつきをもたらした。だが、声を上げぬまでも、頷く者、拳を握る者、眼差しを輝かせる者――重責を乗り越えた先にあるまだ見ぬ景色は、一同の熱気を滾らせるのに十分過ぎた。

 

 ユリナはその光景を前にして、口元が緩むのを抑えきれなかった。

 けれど、彼女こそ先頭に立って共に作り上げていく者。同じ志を持つ者たちの熱気を、さらなる決意へと変えて、顔を引き締めた。

 

「ありがとうございます。他に、質問や全体での議題がある方は?」

 

 問いに、前のめりな気配だけが満ちた。

 故にユリナは、その意気を代弁するかのように宣言した。

 

「では、全体会議を終わります。決闘文化のさらなる発展のために、これからもよろしくお願いします!」

 

 

 

 

 手の震えが、一枚の紙切れを震わせる。

 天井から吊るした灯りから、仄かな桜色の光が溢れるだけの薄暗い部屋。壁にはそこかしこに難解極まる絡繰の設計図が貼り付けられており、あちこちに殴り書いた文字からは墨汁が滴った跡がつきものだった。

 書の詰まった書棚に間借りするように、牛車や船といった乗り物から、馬や鳥といった動物まで、精巧に再現された縮尺模型が無秩序に飾られていて、板床に落ちた小さな水車が部屋の揺れに誘われて遠慮がちに回転していた。

 

 床を揺らしたのは、一人の男の地団駄だ。齢三十にまだ届いていなさそうな滾る若さで、手にしていた書類を親の仇のように千切って、走り書きの散らばった床に向かって投げ捨てた。

 紙吹雪を吹き飛ばすように、彼は吼えた。

 

「きェーッ! 吾輩の超空前絶後、合理的でローマンティックな言明を、またしても解そうとしないとは! おのれ龍ノ宮の鈍ら共め! 賢人、気取り、共めッ!」

 

 舞い落ちた書類だったものを踏みつける。ぼさぼさに広がった髪が振り回される陰で、怒りに充血した両の瞳が互い違いの方向を鋭く睨んでいた。

 

「はぁ、はぁ、あの凡才共が多少はマシな結果を出していれば、煙家けむりや家ももっと使いようがあったものを……!」

 

 彼は湧き出した怒りを息に乗せて吐き出すと、部屋の中を歩き回り、片隅に転がっていた重しを拾い上げた。蟹の鋏が丸い鉄塊に置き換わった意匠で、肘を支点に上げ下げすることで右腕の遠慮がちな力こぶを代わりに怒らせ、憤りを鎮めていく。

 空いた手で頭を掻きながら、

 

芦原あしわらの筋肉共の方が、見た目に似合わず知的で前衛的だったな。フム、次の祭での絡繰を引き渡すついでに、連中に話を通すほうが早いか……?」

 

 書類の残骸を足蹴にして端に寄せていると、積み上がった紙束の中から一枚、はらりと彼の足元に滑り込んできた。

 もういつ紛れ込んだかも分からないそれを、摘み上げるようにして眺める。

 

「ホウ、第二回天音杯募集開始……もうそんな時期か。それに、雷閣王座戦……それから、八方はっぽう行脚あんぎゃ……? フームフムフム、これはこれは……カカ、カカカーッ!」

 

 紙面を這っていた目が、唐突に見開かれた。

 先程の怒りなど忘れたかのように、たがの外れた様子で男は笑い上げる。用済みのチラシを投げ捨て、居ても立っても居られないといったように、その笑いは獰猛さを帯びていく。

 そして彼は、ここにいない己を否定した者らへ歯を剥いた。

 

「これは好機。絡創連らくそうれん、ここらでひとつ、発明発表の場とさせてもらうとしよう!」