神座桜縁起 後日譚

第3話:三盟23年、龍ノ宮にて、そして

 

 外の陽気とは無縁の、識字に耐えるだけの薄暗さ。穴の少ない欄間の彫刻が通すか細い光だけが、室内を照らしている。

 邸内の中心に存在する四方を部屋に囲まれたその暗がりは、彼らが影である自負の体現だった。だが、昨今の潮流は少しずつ彼らを陽の下へと押し上げている。別にある隠し区画は埃を被っているし、この部屋とてこれでも随分と明るくなっていた。

 

 

 秘密結社・碩星楼。龍ノ宮近郊に置かれた、その隠れ屋敷が一つ。

 しかしこの現代において、正しく秘密結社という意味合いで、この屋敷を使う者はいなくなりつつある。

 向かい合って文机に齧り付く二人の賢人も、例に漏れなかった。

 

「んー……少しいいですか?」

 

 若手の男が二枚の書類片手に、上役たる年配の傍へと移った。

 そのうちの一枚を、男は苦笑いしながら差し出した。

 

「もう却下されてるからいいんですが、なんですかこれ」

「んー……あぁ、これね。街道の拡張工事を、こんな数の奉土を跨いでやろうだなんて、いくら荒野って言ってもねえ。乗り物のための整備って名目だけど、荷車は十分牽けるから何かの間違いだろうって」

「そんな大工事、根回しもなしにありえないですよね。……で、本当に気になったのはこっちですよ」

 

 双方が眼鏡をかけ直して、二枚目の書類を眺める。

 それは、龍ノ宮に構えられた天龍決闘場の運営母体、銭金商会名義の予算申請書だ。天龍決闘場の敷地拡大並びに建物の建設という建付けで、龍ノ宮連合との折半を暗に打診するものだった。

 長らく連合に潜り込んでいる彼らには、役人という表の顔にも反さないよう、その内容を吟味する義務があった。

 

「この規模、やっぱり……」

「はいはい。これは、協議がまだ済んでないうちにねじ込まれてきたやつだよ。雷閣決闘場と話がつくまで保留中……つまりは青雲さん待ちだから、別にまとめておいておくれ」

 

 飄々と答えてから、苦笑いと共に肩を竦める上役の男。

 若手は眉をひそめて、

 

「そうではなく……いや、それも含めてなんですが」

「ふふ、なんだい?」

「第二回天音杯の噂、本当だったんですか?」

 

 直接訊ね直した彼に、上役は悪戯めいた笑いを浮かべ、「ああ」と端的に肯定した。

 座り仕事の身にしては逞しい男の桜輝く手に、力が籠もる。

 高揚が、口角を吊り上げる。

 

「やっぱり……!」

「選手として熱を上げる君のことだからね、そういう反応をするだろうと思ってたよ。私は裏方で出られないだろうから、私の分まで頑張ってくれたまえ」

「はいッ! ……あ」

 

 威勢のよい返事をして、ここが一応隠し部屋であることを思い出して彼は口を塞いだ。

 わざとらしく困った顔を見せた上役が、諌めるように肩を叩く。

 

「上手く事が運んでも、開催は来年だ。今から気炎を吐くものではないよ」

「す、すみません……」

「それに、だ。碩星楼の立場も忘れてはいけない」

 

 すっ、と上役の目が細められた。

 催事とは、ただ人々が楽しむだけのものではない。興すために人や金が動き、意義によって民意が導かれ、成果を受けて可能性が拓かれる。規模が大きくなればなるほど、知により成される政への影響は計り知れない。

 故にこそ、彼らは蚊帳の外でいてはならない。

 

「あくまでも聞いた話だがね? 今度の祭も天音杯の名を冠する上、ユリナ様も情熱的に動いておられるようだけど、どうも発起人はホノカなのだそうだ」

「ホノカが……? もしかして、桜花拝の派閥争いへ一石を投じるためだと? 確かにヲウカ帰還以来、何かと噂が絶えない状況ではありますけど……」

 

 一気に渋面を作る男。

 それに上役は顎をさすりながら、

 

「これが、戦いの疲れが残る桜降る代を盛り上げるための祭なのは間違いない。でも、桜花拝を忙しくしておく意図がないとは言えないだろうねえ」

「時間を作るため、ですか」

「ま、それでなくとも、瀧口の会談以来、ファラ・ファルード方面も万事穏やかとは言い難いんだ。あの二柱に睨み合ったままでいてもらうのは悪くはない。我々には、仕事が山積みなんだからね」

 

 ひらひらと、精査の途中だったであろう書類を上役は宙に泳がせる。

 口をへの字に曲げて唸った男は、すごすごと自分の机に戻り、目を通されるのを待っている大量の書類の山をひとまず綺麗に整え直した。

 決闘場関連の書類を脇に逃がし、次の決裁待ちの書面に筆を向ける。

 

 しかし、その筆先はしばらく宙で止まったままだった。目が動いているわけでもなければ、まだまだ残っている仕事に気力が奪われている様子でもない。

 彼の表情は、強いて言えば浮かないと言い表せられよう。

 それも、捩れた思索の横道にふと迷い込んでしまったような。

 

「……あっ」

 

 墨汁がぽたりと垂れ、生まれた染みに我に返った。

 慌てて集中し直す彼の背後を、斜陽に焼け始めたか細い光が静かに照らす。

 

 その光を淡く浴びた一冊の書が、風もないのにひらりとめくられる。

 記された文字が、どうしてか夕日とは違う光を伴って、揺らいだように見えた。

 

 

 

 

 

 暗闇に閉じ込められたかのようでいて、広漠たる隔たりのなさを感じさせる黒の静寂。

 その中で一人、思案を続ける女が居た。メガミ・シンラである。

 

「ふむ……」

 

 彼女は息継ぎをするように呟き、渦巻く思考を言葉に整えた。

 

「これは望ましい流れではある……一方で、劇薬ともなる」

 

 眼前に浮かべた書の紙面に文字が躍る。先ほどまでの賢人たちの会話が、一言一句漏らさず記されている。

 それは、人間の視座、その代表だった。

 シンラは、彼らの考えが間違っているとは思っていなかった。事実、まだ関係者の中だけとはいえ桜降る代には祭の気配が漂い、これから順調に広がっていくだろう。腫れ物のような派閥争いは、一時的にでも捨て置かれている。

 

 だがしかし、思い至るべきはそれだけではない。

 そして、思慮をより進めるべきなのは人間たちだけではない。

 

「あの小娘たちとて、まだはっきりとは分かっていないはず」

 

 続けて、シンラは一人自嘲の苦笑いを零した。

 

「私も、それを望む筆頭のはずなのですけど」

 

 議論の場では謙遜と取られて否定を尽くされてしまうが、ここではその限りではない。シンラと先入観抜きで議論してくれる者は、賢人の中でも一握りだった。

 シンラは決して完璧ではない。同様に、渦中に置かれた『小娘たち』もまた完璧ではない。彼女たちの前身がそうだったように。

 

 これからきっと、彼女たちは視座の違いによって反目し合うことになるだろう。

 反目そのものは、シンラにとって喜ばしいものである。仲間割れにほくそ笑むというより、意見を戦わせより良い選択肢を模索するのなら、まさしくシンラの好むところだからだ。自分を絶対と思い込んでいた王の時代に比べれば、遥かに健全なのだから。

 

「ですが……」

 

 宙に浮かんだ書が巻き取られた。

 瞳を閉ざし、黙したシンラは、やがて遠き彼方を仰ぎ見た。

 ぽつりと、願うように呟く。

 

「人は鈴を、捨てられるのでしょうか」

 

 

 

 

 

 

 一歩一歩、踏みしめる。

 大地に足跡を刻むその男の旅装はくたびれ始めていて、口元に広がる無精髭がこれまでの歩みを悟らせる。理性的な眼差しを覆う眼鏡には薄く砂埃が積もり、しかし拭う時間も惜しいとばかりに放っておかれていた。

 

 若き碩星楼の賢人。南天に輝く太陽に照らされる彼の姿は、屋敷で書類相手に奮闘していたときとは異なっていた。

 人を使い大局を俯瞰する彼らが自ら足を動かす時は限られる。

 己の目で見、手ずから状況を動かすとき。

 あるいは、賢人の名を横に置いたとき。

 今、男の双眸が帯びているのは、使命ではなかった。

 

「あぁ……」

 

 ゆっくりと、その一歩一歩が短く刻まれる。

 彼の前にあるのは、名もなき――否、名もなかった一本の神座桜だ。

 

 ここは、二人の英雄が出立した地。

 大きくも小さくもない、凛々しくも儚くもない、けれど満開の神座桜が咲く場所。

 しかし、かの戦いを経た今、景色は変わっていた。

 

 冷たい黄緑色をした、花が咲いている。桜に寄り添うように、あるいは桜そのものも幹をくねらせて応えるように、ひときわ大きな徒寄花が巻き付いて、共に咲いていた。

 桜降る代に現れた、共存する三組の花は、故にこう呼ばれている。

 糾える桜たち、と。

 

「大きいな……」

 

 男は、資料と違う見た目になった桜の前に立った。彼がそう感じられたのは、徒寄花との変容のためと言えたが、桜が実際に育まれているという、影見の五英雄による提言も脳裏に過っていた。

 彼は周囲を、特に背後を確認して誰も居ないことを認めると、深呼吸して姿勢を正した。それからじっと徒寄花の蔦を見つめていたが、気を取り直すように眼鏡を磨いて、曇りのなくなった視界で改めて連なる骸晶と向き合った。

 

 恐る恐る、大きく咲いた一輪の花弁に手を触れる。

 まるで硝子のように硬い感触に少し驚いて、しかし彼は幾ばくかの迷いの果てに、花弁を掴み直した。

 そして、意を決したように語りかける。

 

「徒神よ……イニル・マヒルよ。どうか応じてもらえないでしょうか。私の願いを、聞き届けていただけませんか?」

 

 人の気配のない場所で、その言葉は本来風に攫われて消えるはずだった。

 だが、反応はすぐだった。

 蔦から無尽蔵に湧いた黄緑色の花弁が、散っては男の傍で木枯らしのように渦巻いた。薄い硝子が無数にぶつかり合う甲高い音の輪唱は、やがて光の繭となり、中から少女の白い手が現れる。

 

「あいつの目を通して、見てはいたけど――」

 

 そうして光が晴れたその中に、その姿はあった。

 イニル・マヒル。桜降る代を滅ぼさんとした徒神。

 宙に顕現した彼女は、眉根を寄せて男を見下ろした。

 

「その『願い』、信じがたいわ」

 

 冷ややかな困惑が突きつけられる。殺気や害意の類は含まれていないにしろ、多くの犠牲を出した騒乱の首謀者から向けられて、気持ちの良い類の眼差しではなかった。

 けれど男は、拳を握りしめた。

 恐怖を振り払うためではなく、ここに至った意思を再び固めるために。

 

 そして告げる。

 甲に桜花結晶の輝く、その握りこぶしを差し出して。

 

「でしたら、直接お聞きください。私は、この手に貴女のお力を宿したい。その許しのために参りました」

 

 これこそは、正しく請願だった。メガミの恩寵を得るために、この男のみならず、この地のミコトたちが行ってきた、メガミへの請願であった。

 日常でこそないものの、普遍的な桜降る代の一幕。

 その相手が、徒神でさえなければ。

 

 真っ直ぐに宣言されたマヒルは、溜め息にも似た長い息をついた。気丈な声色に反して、その瞳は何かを決めあぐねているように揺らぎ続けている。

 その不安定さの中から、呟きが零れ落ちた。

 

「そういえば、あの子が言ってたっけ……。メガミとして在ろうとして、メガミとして受け入れられたのなら、メガミなんだ、って」

「え?」

「ふーん……本当にそうなったんだったら、別にいいわ」

 

 男になんら補足する素振りもなく、マヒルは自己完結的にあっけなく受け入れた。身構えていた男にとっては肩透かしだったようで、いっそ不安が顔に滲んでいた。

 ただ、彼の不安を裏付けるように、じっくりと瞳を閉じたマヒルは、まるで心の中に途方もなく渦巻くものに、今この時は蓋をしたかのようだった。

 そうやって、請願が続く。

 

「それならメガミとして訊くわ。何のために、あたしを宿すの?」

 

 細く開いた瞼から、惑いを伝播させるように囁く。

 

「力のため?」

「……はい」

 

 男の返答は、偽っている声色ではなかった。だが、マヒルにあてられたかのように、揺らいだ声であることもまた事実だった。

 思うところを告げよと促すマヒルの目に導かれ、彼は語る。

 

「勝ちたい……次の大舞台で、己を示したい……そのために、新しい力が欲しいのです。あの人にはそう相談しましたが、決して建前などではありません。でも……」

「でも?」

「それだけが貴女を訪ねた理由ではないと、予感……してもいます」

 

 その歯切れの悪さは、碩星楼の賢人らしくはなかった。ここに至る旅路の中でも上手く整理しきれなかった想いを、心の奥底から少しずつ引きずり出しているようだった。

 強い決意や覚悟を奏上する普通の請願からすると異質。

 しかし、それを受け止めるだけの場が、マヒルの前にはあった。

 

「この桜降る代は、揺らぎ始めています。六英雄のときのような……その、破滅との戦いではありませんが、しかしそうでないからこそ、これからより一層揺れ動くのだと、そう予感しています」

「…………」

「何故、こう考えているのか分かりません。ですが、他人の視座から与えられた答えでは、納得できない……。それが全てだとは、私には思えない……!」

 

 途中からそれは、独り言のようですらあった。マヒルという鏡に映った自分と対話しているかのようだった。

 けれどその吐露は、この世を理で読み解くはずの彼にあって、混沌そのものを受け入れたが故の言葉でもあった。マヒルから伝播した惑いが、男の当惑を内側から押し広げて口から吐き出させていた。

 

 意図したものか否か、それでもマヒルは瞳を閉じて耳を傾けている。

 あるいは、促している。

 それこそを、望むように。

 

「惑う己を、心に置いて」

 

 静かに囁くそれは、男への肯定。

 だからこそ、男の言葉は止まらない。

 

「分からない、それが何なのか分からないんです。新たな天秤に、どんなイシを積み上げればいいのかすら。だけど、だけど――」

 

 溢れ出る思考が口をついて出る。

 それを支えるように、マヒルは囁くことをやめない。

 

「渦巻く混沌を、力に変えられるように」

 

 そうして男は、目をはっきりと見開いた。

 マヒルを見上げ、一つに集約された想いが、ぽつりと溢れだす。

 

「――それでも今、意志を告げるために、強く生きたい」

 

 そうしてマヒルも、瞳を露わにした。

 真っ直ぐなその瞳が、男を見下ろす。

 告げられるは、人に請われた一柱による裁可。

 

「あたしはイニル・マヒル。現在を司る徒神。その象徴は――当惑と、決断」

 

 人間と徒神の瞳が、重なった。

 

「その請願に応え、あなたの惑いとなりましょう」

 

 

 

 

 

 

 夕暮れは紫紺に滲み、歪んだ光は空気に澱を揺蕩わせる。

 桜降る代某所、糾える神座桜が一つ。

 惑える者たちとは別の対峙が、山々を越えた先にあった。

 

 すっぽりと頭まで覆う外套に身を包んだ、一人のミコト。

 そしてミコトが見上げる、一人の女――イニル・イヌル。

 イヌルがその酷く澱んだ瞳を開くと、ミコトは半歩後ずさった。己の意思を告げた余韻すら蝕む、畏れがそうさせていた。イヌルの瞳は美麗な工芸品のようでいて、だからこそ正視に耐えなかった。

 

 だが、ミコトは逃げ出さなかった。

 足の震えが止まらずとも、そこで留まった。

 耐え難きを耐え、眦を閉ざすことなく。

 故にこそ、イヌルは言葉を紡いだ。

 

「悔やみ恨みを呪ってなお」

 

 言葉は皮下にのたうつ蚯蚓のように。

 けれど、請う者は膝をつかず。

 

「その慚愧を、刻印とするのならば」

 

 言霊がやがて文様となりて、永劫に刻まれるように。

 あるいは、人が自らに刻むように。

 

「私はイニル・イヌル。過去を司る徒神。その象徴は――悔恨と、覚悟」

 

 人間と徒神の瞳がまた、重なった。

 

「その請願に応え、あなたの悔やみとなりましょう」

 

 

 

 

 

 

 蒼白な月が沈みゆく中で、星も少なに虚しき余白の空が白み始める。

 三度、糾える神座桜が一つ。

 ここにもまた、対峙があった。

 

 桜の膝下に蹲るのは、乱れた髪に顔を覆われた一人のミコト。

 その丸まった背にふわりと浮かぶ、一人の幼子――イニル・アクル。

 ミコトの手の震えは厚手の旅装では慰めることも叶わないが、もう一方の手が押さえ、抗い、堪えているのは確かだった。しかし弧を描くアクルの唇は残酷で、けれど甘く、しかし何れにせよ悪辣に耳元で囁いた。

 

 だが、ミコトは顔を上げた。

 一際にうなだれてもなお、薄れゆく星々を再び直視した。

 認め難きを認め、虚しい否定に逃げることなく。

 故にこそ、アクルはミコトと正対し、言葉を紡ぐ。

 

「憧れに焦がれて爛れながら」

 

 白い地平線から、空々しい眩しさが照り付ける。

 けれど、願う者は見上げたまま。

 

「甘い影絵を、優しく撫でるのならば」

 

 桜と幼子は影を描く。

 人はそれを受け入れて、なお立ち上がった。

 

「わたしはイニル・アクル。未来を司る徒神。その象徴は――諦観と、挑戦」

 

 人間と徒神の瞳がまた、重なった。

 

「その請願に応え、あなたの諦めとなりましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 膨大な光輝を束ねた絶壁を前に、カナヱは一人揺蕩う。

 可能性の大樹の根の傍まで足を伸ばし、見上げるは無限に紡がれた人々の営み。カナヱとて初めて目の当たりにするその果てしなさに、感慨が満ちる。

 そのままゆらゆらと、『上』へと浮かんでいく。

 歴史書を、一項ずつめくるように。

 

 

 

 

 

こうして、神座桜の縁起は幕を降ろしゆく。

 

遥か旧き花無き時代、人は茫洋なる星空を恐れ、

預言者たちは花を宿した。

 

陽炎揺らめく戦国の時代、誰もが命運を見出し、

霧の向こうでこそ、大樹は育まれた。

 

陰謀渦巻く桜花の時代、人と神は天秤に向き合い、

共に不完全だからこそ、意志の術を得た。

 

意志ひしめく狭間の時代、威光翳る蝕の中でこそ

英雄たちはただ英雄であった。

 

全盛を紡いだ三盟の時代、一時の蝕が終わり、

旧き祝詞が掠れてこそ、次の道は輝いた。

 

これで神座桜の縁起は終わり。

しかし縁起が、終わったとしても。

いや、『神座桜の』縁起が終わったからこそ。

 

 

 

 

 

 やがて、カナヱの視界に天上の空白が映り、頂点へ――現在へと戻ってきた。

 そこに、真っ直ぐな枝先はない。あるのは、うねりだった。

 侵攻を強かに生き残った幹が、渦を巻いている。そこに絡みつくのは骸晶の如き蔦。寄り集まった蔦は逞しい枝と化し、光輝なる可能性を喰らうことなく、並び立つようにして渦を描いていた。

 

 そして、どちらも渦を成したまま、共に伸び続けている。

 どこへ伸びるかも分からない。

 どこを目指すかも分からない。

 形を変えたこの大樹の行く末は、誰が決められるものでもない。

 それでも、いや、だからこそ。

 

 

 

 

 

 桜降る代は、続いていく。

 そうして、始まろうというのだろう。

 

 ――糾える時代が。