八葉鏡の徒桜

エピローグ1−2:現在(後篇)

 

 長い廊下を走る。無駄に入り組んだ廊下をひた走る。

 すれ違う宮司たちは何事かと驚くが、桜花大社の中を急ぐその姿がウツロのものであると知ると、さらに驚いて黙って道を譲ってくれる。これが親愛なる彼女の片割れであればお小言を貰うこともあるが、ウツロは今――いや、このところずっと一人だった。

 

「ユリナ! ホノカ!」

 

 襖が乾いた音を立てて開け放たれた、大社の最奥の間。

 ウツロはそこに、求めていた二柱の姿だけを認めて、大きな安堵のため息をついた。

 訪ねられた彼女たちは、突然のことに驚きながらも、久方ぶりの再会に笑顔を弾けさせた。

 

「ウツロちゃん! 帰ってきたんですね!」

「よかったぁ! いつ戻ってくるんだろう、ってユリナさんとずーっと心配してたんですよっ!?」

 

 ユリナたちは床に広げたままのたくさんの書を、見ているほうが心配になる手付きでどかしてウツロの座る場所を用意した。それだけ気にかけてくれているのであればウツロも悪い気はしないが、備品が壊れて監督責任を何故か求められるのはウツロなのだ。

 とはいえげんなりするよりもまず、今のウツロには言っておかなければならないことがある。

 

「心配したのはこっち。焦った……」

 

 半眼になってむくれるウツロに、ユリナもホノカもややきょとんとしている。

 数日前、天音神社で目覚めたウツロだったが、あると思っていた出迎えはなく、神社のどこを探してもユリナたちの姿は見つからなかった。折り悪く出かけていた高野が戻ったところで二柱の居場所を聞き、先日から桜花大社に居ると知って大慌てで向かったのである。

 

「えっと……心配させてごめんなさい。あの戦いもなんとかなったし、ヤツハさんのことは丸く収まったから」

「ユリナたちが無事なんだから、そうなんだろうけど……」

 

 いざ平和そうなユリナたちの顔を見ると、高野からある程度状況を聞いておけば良かったかもしれない、とやや後悔している。

 けれど、桜の中でもんもんと醸成されてしまった悪い考えと、桜花大社という場所は相性が良すぎたのだ。

 むくれたまま腰を下ろし、分かっていないユリナに真意を告げる。

 

「ヲウカとのこと、桜花拝のこと、ずっと心配だった。大社にいるって言うから……」

「あぁ……」

 

 得心したらしい二柱に、今度のため息には呆れが混じっていた。

 向こう側からやってきたヲウカという劇物によって、再検討を余儀なくされた桜花拝との付き合い方。この地でも主神たらんとするヲウカの提案は、ウツロたちに桜花決闘の運営に専念してほしいというものだった。

 ホノカの今後のことも含め、知らぬ間に事が劇的に進んでいるかもしれないと思うと、気が気でなかったのである。

 

 ただ、それでもユリナはウツロを安心させるように微笑んだ。

 いつものように楽観的なものではなく、思い描く未来を静かに見据えるような、今まで見たことのない表情だった。

 

「ヲウカさんの提案でしたら、お断りしました」

「え……」

 

 どういうことかとホノカのほうを見やっても、追認するように首を縦に振る。

 ホノカは、部屋の奥で御簾が上げられたままの貴き席を手のひらで示して、

 

「この通り、主神の座は空席のままですっ」

 

 たまたま不在なだけではなく、そう選んだのだと、彼女は言っているのだ。

 如何に騒動が落ち着いたらしいとはいえ、この地を左右する決断を下したというにはユリナの意思は固そうだった。古鷹行きの前の彼女と比べると別人のようである。

 ウツロが疑問を顔に浮かべていると、そのユリナが答えてくれた。

 

「みんなが歩んだ跡にわたしの道があって、わたしが進んだ後に、みんなの道も続く。わたしたちにできるのは、道を整えて、花を添えること……」

 

 胸の奥からじんわりと湧き出してくるような、ユリナの微笑み。

 人々の歩みを遍く愛し、慈しみ、見守り続ける柔らかい日差しのようなその面持ちは、勝利を求めた武神の風貌と呼ぶにはもはや憚られる。

 

「それがぜんぶで、それでいいんです」

 

 

 いくらか大人びたその語り口に、ウツロは目をぱちくりとさせるばかりだった。

 ユリナとはもう二十年以上の付き合いになるが、彼女がこんな表情をするのをウツロは初めて見たような気がした。理想に自ら邁進する少女が夢を語る姿とは程遠く、ユリナが決してわがままで断ったわけではないとはっきり理解した。

 

 けれど、ウツロにとってはただ意外だっただけで、ユリナが彼女のあるべき延長線上に歩みを進めただけなのだと、不思議と受け入れることができている。この空白の期間に生まれた落差に、少しむず痒くなっているだけなのかもしれない。

 それをどう言葉にしていいか迷っていると、察したらしいホノカが苦笑いした。

 

「ユリナさんが、ちょっとシンラさんみたいになっちゃいました」

「……そうかも」

 

 

 くすりと笑うと、前にも指摘されたことがあるのか、ユリナが困ったように頭を掻いた。その顔は、ウツロがずっと見てきたユリナのものだった。

 彼女たちの選択を理解したウツロだが、それでも疑問は残る。

 

「二人の気持ちは分かった。でも、認められたのは不思議。ヲウカはどうしたの……?」

 

 派閥争いにも火がついていた状況なだけに、ウツロもこの平静までは予想できなかった。

 この問いに、まず答えたのはユリナだ。

 

「それはあの動乱のせいですね。ヲウカさんが最後まで、戦いに加わらなかったから」

「それも、できなかったんじゃなくて、しなかったんですよ」

 

 補足するホノカは続けて、

 

「ヲウカさんは、ずっと街のほうに居たそうです。顕現体が壊されたときの懸念を理由にしてましたけど……」

「メグミとハガネ、戦ってた」

「そうです。だから、ヲウカさんだけが万が一を恐れて……怖かったから動けなかったんじゃないか、って話になったんです」

 

 当然、主神を名乗る存在がそんな怯えを口にできるはずがないので、いかに苦しくてもヲウカ本人は今のところそれを一切認めていないのだという。

 しかし、実際の彼女の行動は何よりも雄弁だ。

 その導きを欲していた者に、考えを改めさせるほどに。

 

「それから、ヲウカさんを推したい派閥が大人しくなったんです。きっと、あの日にヲウカさんを一番近くで見てた、正村さんの働きかけだと思います」

「あの人、若い頃にヲウカさんにも会ったことがあるらしいですから、思うところがあったのかもしれません」

 

 ユリナの推測に、ウツロはこくりと頷く。

 主義主張の関係でいがみ合う相手ではあるが、桜花拝の重鎮として長年席を置く程度には彼は優秀だ。臆病者の汚名を埋め合わせるような暴挙に出なかったことに、ウツロは内心胸を撫で下ろした。

 徒寄花の一件が終わるまで預けられていた決断は、そもそもヲウカの信用が欠けたことで前提も変わってきていたのだ。

 

 当然、代わりにユリナたちが上に立ったわけではないのは、先程聞いたこと。

 それでも桜花大社にこの二柱が留まっているというのなら、目的は一つだ。

 

「つまり、このままの体制にするため?」

 

 推測を進めたウツロに、ホノカが大きく頷く。

 

「はいっ! ヲウカさんの派閥は諦めてはいません。放っておくと向こうの主張が通っちゃいます」

「ヲウカを、主神に据える……。だから」

「そうです。だから私たちは天秤を釣り合わせるために、ここで在り方と権威を示していくんです。戻ってきて早々、ごめんねウツロちゃん」

 

 ううん、と首を振るウツロは、むしろ気が引き締まる思いだった。いずれ決着をつけねばならない話とはいえ、対抗となるメガミが不在だったこれまでは、どこかなあなあではあった。それが、ヲウカの渡来によって油断ならない状況に持ち込まれたのである。

 果たして、ヲウカの手腕を前に、自分たちの在り方を貫くことが許されるだろうか。

 

「が、頑張る、けど……」

「あはは、そんな心配しなくて大丈夫ですよ。何しろ、シンラさんから凄腕の講師を紹介してもらってますから」

 

 ヲウカ嫌いなシンラらしい働きかけだが、彼女からの助力というだけで気に食わないらしいホノカは、当然のように頬を膨らませていた。

 封印から解放された当時のウツロは、まさか本格的な政争に巻き込まれるだなんて夢にも思わなかっただろう。ただ、ユリナが語った思想は、統治者たらんとするヲウカの思想とは反目する。主張のぶつかり合いは、避けては通れないのだ。

 

 そこでふと、権威の天秤の反対側にいるはずのヲウカの動向に思い至る。まさかユリナたちにこの部屋を明け渡しているわけでもあるまい。

 ウツロがそう訊ねると、ユリナは少し間を開けてから答えてくれた。

 少しばかり、寂しさを滲ませて。

 

「今は、蟹河から離れてるんです。ちょっと……用事があって」

 

 

 

 

 

 あの日朽ち折れた龍ノ宮の桜が、ここでは力強く咲き誇っている。メグミの心に強く焼き付いて離れない絶望的な光景は、桜降る代において健在であるこの桜を何度目にしたところで、塗り替えられることはない。

 けれど、今こうして龍ノ宮の桜の下でハガネと向かい合っていると、ありえたかもしれない幸福に、束の間浸れるようだった。

 

 だが、それは幻想だと知っている。

 たとえ今が続いたとしても、かつて思い描いていた光景には辿り着けないと知っている。

 知っているからこそ、メグミは僅かな希望を求めて足掻き、異なる今を手に入れたのだ。

 

「…………」

 

 彼女たちの間にわだかまる空気はどこか切なく、もはや語り尽くしたようで、それでも言葉を交わし足りない未練が渦巻いていた。けれど、何を加えて言おうとも、あえて言うべきでもないような気がするし、この場に不釣り合いなような気もして、ぽつぽつと言葉が尽き、先程から沈黙に身を任せるしなかった。

 もしかしたら、これが共に歩むということだったのかもしれないと、メグミは思う。

 生まれたときから隣で歩き続けてくれた彼女に、いざ何かを告げようとしても、この気持ちを伝えきれそうにない。

 

 そこへ、小刻みに砂利を蹴る音が近づいてきた。

 割れた人垣を通ってやってきたのは、もう一柱の同胞。

 

「あっ、ヲウカさん! 良かった……!」

「んもー、来れないのかと思ったじゃん!」

 

 楚々と歩み寄る彼女の顔を見るのは久しぶりで、ハガネ共々互いの無事を祝うようにこの来訪を喜んだ。

 しかし、素直に歓迎できたのはそれきりだった。

 須臾の朗らかさは、ヲウカもまた纏う切なさに瞬く間に呑まれていく。

 

「どうにも……できないのですか」

 

 ヲウカが口にしたのは、再会を祝す言葉ではなく未練だった。彼女に未練が残っているのなら、列席が叶ってよかったとメグミは思う。

 何故ならここは、別れの場なのだから。

 首を横に振ったハガネは、抱いた決断を告げる。

 

「やるよ。こっちのあたしに、あたしという存在を受け取ってもらうんだ」

 

 彼女が示した神座桜の幹に、桜降る代のハガネが寂しそうに背中を預けている。

 今日この日を以て、ハガネという名のメガミは元通りただの一柱のみとなる。

 この地にとって異邦人となる側が、その身を捧げることで。

 

「やっぱりさ、無理があったんだよ。同じ根っこを持ってるメガミたちが、同じ歴史に居続けるのは」

「しかし……」

「手紙にもちゃんと書いたでしょ? あたしたちは、もう混ざり始めてるって。たまにね、自分がどっちのハガネか分かんなくなっちゃうときがあるんだ。このまま放っておいたらどうなるかなんて、誰にも分かんない。分かんないなら――」

 

 本来居るはずのない存在のほうが消えるべき。

 ここでわがままを言えば、自分たちにこそ侵略者の烙印を押されかねないのだから。

 その道理を呑み込んで、ハガネは淡く微笑みながら、静かに語る。

 

「あたしたちの生きた証が接がれた行く末も、ちょっとは見届けられた。めぐめぐの後見をここまでやり遂げられるなんて、思っても見なかった。徒寄花と戦ってたときからすれば、こんな幸せなことはないよ。だから……あたしには、もう十分なんだ」

「…………」

 

 ハガネの決意に、ヲウカは二の句が継げないでいるようだった。皆に尽くされる立場のヲウカだからこそ、もしかしたらその献身の覚悟を受け止めきれないのかもしれなかった。

 そんな彼女を、ハガネが力強い視線で射抜く。

 

「君は、最古の三柱だからか、それとも君の『出自』に由来したものか、あたしと同じようなことにはならないみたいだけど……。それでも、覚悟はするべきだよ。自分の在り方を、見つめ直さなきゃ」

「っ……」

「そんな顔しないでよ。……ね、をーちゃん」

 

 

 動揺を浮かべるヲウカに、ハガネは困った顔になって、潜めた声でヲウカを呼んだ。

 それでも……否、だからなのか、ヲウカは真っ直ぐに受け止められなかったようで、ハガネの眼差しから顔を背けた。その先は桜を挟んで反対側で、ヲウカの様子を追っていたメグミはちょうど目が合ってしまった。

 

 どこか縋るようなヲウカに、メグミは続けて活を入れるつもりはない。

 けれど、これは胸中を吐露するいい機会だった。

 当人同士では語りにくいことも、誰かを介してなら、言葉を紡いでいける気がした。

 

「ハガねぇとは、もちろんまだお別れしたくない。ずっと居てくれればいいのに、ってどうしても思っちゃう。あたしは未熟だと思ってるし、これからハガねぇ抜きでやっていけるか不安だし……」

 

 でも、とメグミは続けた。

 

「これは受け入れなきゃいけないことなんだ、って覚悟してる。何度も自分にそう言い聞かせたし、揺らぐたびに何回だって覚悟を決め直した。おかげであたしは今日ここで、ハガねぇに面と向かってさよならを言える。だけど……ははっ。何編も覚悟したら、同じ数だけ、胸が痛くなって仕方なかったや」

「メグミさん……」

「まるで向こうを出発する前に、一人ひとり話して回ったときみたい。だけど、皆の想いをここに根付かせられたみたいに、ハガねぇも……受け継がれるからさっ!」

 

 声が上ずりそうになったところで、急いで言い切った。

 うんと言ってほしくて、メグミの瞳は桜降る代のハガネを見つめる。

 自分が知っているよりちょっぴり幼げな、可愛いほうのハガねぇ。

 自分が知っているより天真爛漫な、愛らしいほうのハガねぇ。

 そんな彼女は、これから自身の写身が収まるべき胸元に手を当て、ちゃんと答えてくれる。

 

「うん……。ただ消えるわけじゃあない」

 

 これまでを振り返るかのように目を閉じて、

 

「そっちのあたしが来てから、歳の近いお姉ちゃんができたみたいで嬉しかった。一緒に遊んだこの数ヶ月は、忘れられないくらい楽しかった。ずっとは続かないって、なんとなく分かってたけど、あたしにとってこれはお別れじゃないから!」

「…………」

「もう一人のあたしは、ずっとあたしの中に居続ける。あたしが絶対、そうしてみせる。あたしはめぐめぐにとってのハガネにはなれないけど、共に道を歩むメガミでは在り続けるよ!」

「……!」

 

 最後の言葉は、メグミが初めて耳にする、桜降る代のハガネの確かな意思だった。

 その物言いはまるでメグミと共に来たハガネのそれであり、互いに人格が引っ張られた影響と言えばそれまでだ。

 しかし、そんなものがなくとも、彼女たちは重なっていったのだろうとメグミは思う。

 

 たとえ異なる歴史を辿ろうとも、本質までは変わらない。

 出会いは変化をもたらし、互いが互いを見て、一つに近づいていく。

 この宣言は桜降る代のハガネだけのものでも、向こう側のハガネだけのものでもない。

 メグミの隣を歩く、メガミ・ハガネのものだ。

 

「うん……ありがと、っ……」

 

 

 泣かないと決めていたのに、頬にひと雫、流れていく。

 その涙は切なく、そして、暖かかった。

 

 

 

 

 

「ちょっと心配しすぎだったのかも」

 

 桜の下の別れを見守るユキヒは、そんな自省を口にした。

 今までライラと共にハガネの保護者めいた役目を果たしていたが、決断を告げるハガネはもう、誰かの導きを必要としている者には見えなかった。

 

「きっかけの問題じゃない? これもきっと、ご縁、って言うんでしょう」

 

 同じく隣で見ていたサリヤが、ユキヒの言葉を拾う。

 

「この歴史では、私はジュリア様がこの地と縁を結び、こうしてここで歩み続けている。それと同じように、ハガネちゃんにもご縁ができた。それだけのことでしょ?」

「……これは一本取られたかも」

 

 自分の領分で諭されるなんて、過保護でここまで目が曇っていたのかもしれない。心の中でもくつくつ笑われて、「もうっ」とやり場のない恥ずかしさを吐き出した。

 赤くなった顔を手で扇いでいると、サリヤはこう続けた。

 

「私たちが忙殺されてた間に、思った以上の一大事になっていたようだけど……メグミちゃんも受け入れられてよかったわ」

「ふふ、心配することなかったのよ。あなただって受け入れられたじゃない」

「……そうだったわ」

 

 肩を竦めて苦笑いするサリヤ。

 そう、この地は異邦の民を拒絶するほど狭量ではない。たとえ自分自身の在り方に迷ってさえいても、同じ桜の下に集う者として肩を並べることができる。

 ましてや、かの地の桜を接いだ者に対して是非もない。

 そう思っているからこそ、彼女の旅路の節目であるこの別れを見届けている。

 

「ねえ、皆さんもそうでしょう?」

 

 振り返ったユキヒの背後には、この別れの場に集った人々が顔を並べていた。旧龍ノ宮連合の面々を始めとして、今や桜降る代の有力者である者たちも多い。堅苦しい正装は嫌だ、とハガネたちに釘を差されていなかったら、この場はもっと物々しくなっていたかもしれない。

 ユキヒの問いかけに、連合の一人である高年の男がくすぐったそうな笑顔を滲ませた。

 彼は名を野田為吉という。

 

「えぇ。俺じゃあメグミ様の言う『じっちゃん』にはなれやしませんが、赤東を豊かにしてえ気持ちは同じですから。ありゃあまさしく、居るはずのなかった一志さんの忘れ形見なんだ、大事にしなかったから化けて出てこられるかもしれねえ」

 

 冗談めかして答える彼に、周囲の連合の者たちが同意するように笑う。

 そこに混じってわざとらしく自分の主張を述べるのは、桜降る代東部で幅を利かせる大商会の主・銭金舐蔵である。付き人の楢橋が持たされている大荷物は、この後の懇談で使う用水路計画に伴う商談用の資料らしい。

 

「当然でしょう! 通った歴史は異なれど、一志殿のご息女とあれば、これはもう一志殿ご本人と思ってお仕えする他ないのですからな。ワシを重用していただいたこの恩義、もはや返せぬものかと思っておりましたが、この奇跡の縁に感謝するばかりでございます」

「旦那さまは堅いなぁ。メグミちゃんは可愛いってだけで十分じゃ――痛い痛い!」

「聞こえとるぞ痴れ者が! いつまでも色ボケしおって!」

「だってあんなにたわわなおっぱ――痛ぁっ! ま、待って、落としちゃう!」

「不敬だぞ、貴様ぁ!」

 

 肥えた老体から繰り出される杖の乱打が、重い荷物のせいでまともに対応できない楢橋を痛めつける。こんな男でも、かつての英雄譚における影の功労者なのだから、人を取り巻く縁とは数奇なものである。

 

「まあまあ銭金さん。その不届き者は後で吊るすとしましょう」

 

 張り付けた笑顔で諭すのは、碩星楼からの名代として参じた佐伯識典だ。

 

「確かに、我々にとってはメグミ様は、今は亡き龍ノ宮一志の継嗣としての面が非常に強い。彼方での戦いの悲惨さよりも、身近な出来事に感得しがちなのがヒトというものです」

「それはそうだが……」

「しかし、それは一面に過ぎません。英傑の子でも、亡国の英雄でもない、桜降る代のメガミとして、彼女は既に在るのです」

 

 佐伯がそう言ったところで、彼の陰からジュリアが顔を出した。

 彼女は自分の息子の頭を後ろからゆるく抱えるようにして、

 

「ソウデス! この間カラ、ファラ・ファルードの貴族の皆サン、お手紙いっぱい送ってきマス! メグミサンは、コールブロッサムスゴイ育てマシタから、たくさん感謝デス!」

「まあ、ヲウカの協力による一過性のものという話ではありますが、私たちを介した招待がこのところ絶えませんで。その良し悪しはさておき、新たな縁はもう紡がれているわけです」

「だから、ダイジョブです! メグミサン、ミンナとナカヨシ!」

 

 ユキヒはなんだか異国での政争を思い出してしまったが、素直に頷くのを少し躊躇った彼女を内なる自分が鼻で笑ってきた。メガミを利用しようと企むとどうなるか、サリヤと共に思い知らせてやったのだから、そこまで悪いようにはされないだろう。

滅亡を見届けた者が、大地の興隆を請われている。

 未来を見据えたその縁は、途絶えることなく続いていくに違いない。そして大地は育まれ、人々は栄え、彼女が接いだ想いも連綿と続く。その縁の巡りが止まることはないのだと、今日この場に着いた時点でユキヒは悟っていたのだ。

 

 そうして彼女が確信を深めていると、強い縁が辿られる気配が意識を呼んだ。

 つられて見渡すと、そろそろ太陽も傾き始めてきた南の空から、こちらに向かってくる赤い影が一つ。さらに、時折その影に迫る勢いで大跳躍しながら、疾風の如き勢いで迫ってくるもう一つの影。

 

「まにあっ、た……ぐぅ……」

 

 城の敷地に滑り込んできたライラは、切らした息を落ち着けるように地面に突っ伏す。

 そんな彼女を尻目に静かに降り立ったヒミカは、人間たちが譲った道を通ってユキヒの隣に並んだ。結構な距離を飛んできたのか、纏った熱気が圧を伴うほどだ。

 

「来るとは思わなかったわ。風来坊で捕まらないんだもの」

「何言ってんだ、妹分の一大事だぞ? ……それにしちゃ、もーちっと居てもいいんじゃねーかと思うけどな」

「向こうのハガネちゃんが、ね」

 

 役割を終える自分の眠りを慌ただしいものにしたくない――その望みを叶えるように、サリヤと共に招集した面々はこれでも最低限だ。特に旧龍ノ宮連合は、短いながら向こう側のハガネとの交流も多く、念押ししなければもっと大所帯になっていただろう。

 駆けつけたヒミカにそういった存念はなさそうだったが、それにしてもユキヒはこの旧くからの友に感心していた。思慮に欠けた派手好きと誤解されがちだが、ヒミカは場に合わせた態度ではいてくれる。口にした苦言も、その実本能的には答えを悟っているのだろう。

 

「特にユリナちゃんたちはほら、難しい時期だから」

「ふーん。だったら、アイツはどうした? ヤツハは?」

「それは……」

 

 早々に出されたその名前に、ユキヒは思わず返答に詰まってしまった。

 ヒミカは、ヤツハを評して気が合いそうと言っていた。しかも、大家会合を経て事情を知った後でも意見を翻すことはなかったのである。曰く、「まあ大丈夫だろ」と。

 単に楽観視していただけなのかとユキヒは思っていたが、先日ヤツハたちの北限遠征の結果を聞かせた際の反応を見る限り、どうもそうではないらしかった。

 

 この親愛なる感情のメガミは、得意げに「言ったろ?」とだけ言って笑っていた。

 この場でただ純粋に不在を疑問視する程度には、ヤツハはヒミカのお眼鏡に叶う存在だったらしい。

 

「皆が徒寄花を表向きに受け入れるのは、今はまだ難しいから……。大家の人たちは、向こう側の話を直に聞いたものだから、なおさらね」

「めんどくせー話だ」

 

 口を尖らせるヒミカだが、人々の気持ちもなんとなくは理解しているようだった。

 でも、とユキヒは口元を緩めた。

 切り開かれた道の先は決して暗くはないのだと、彼女は知っている。

 

「すぐにとはいかないけど……それでも、受け入れようとする人たちがいるから、時間の問題だとは思うわ」

「ならいいんだけどよ」

「心配しすぎとは言えないもの、仕方ないわ」

 

 ため息一つ、もどかしくも一応納得はしてくれたらしいヒミカ。

 彼女はユキヒの言葉を受けて、腕を組んで遠い空を見上げていた。自分に共感する者が少なかったことを憂いているのかもしれない。

 だが、無ではなかったからこそ、ヤツハには今日がある。

 肩を並べた者たちは、きっと理解していたのだろう。

 

「なーに、アイツがココロに従ってる限り、大丈夫だろうさ」

 

 

 ぼやくように告げられた言葉が、風に乗って運ばれていった。

 北へ。

 始まりと、終わりの地へ。

 

 

 

 

 

 それまで、ふわふわとただ揺蕩っていた意識が、水面に向かっていく。地上までは遠く、空まではもっと遠く、長い長い夢を見た後のように感覚が曖昧なままになっていた。

 

「ん……」

 

 まぶたの重さを感じたところで、ヤツハは自分の目覚めを知り、座ったまままどろみに任せて眠っていたことに思い至った。

いつもと変わらない、北の果ての洞窟。不可思議な根が這う、徒寄花の小さな聖域。

 くるまっていた熊の毛皮が冷え切っているのも変わらないし、火を焚いていなければ仄暗いままなのも変わらない。静寂さや硬い石床にも慣れたし、鈍くなった時間の感覚のせいで、どれくらい眠っていたのか気にしなくなっていたのも、またいつも通りだった。

 

 だから、ぼんやりしたままの意識を、ヤツハは放っておいてもよかった。

 ただ、何故か今は、誰かに呼びかけられているような気がした。

 

「やつ――! ――きて……さい――つはん!」

「――っと、い――起こさな――――すか」

 

 これはきっと、夢の続きだ。

 ずっと見続けてきた夢が、ヤツハを呼んでいる。

 それもまた、いつも通り。いつも通り、ヤツハは夢の景色を待ち続ける。

 ……そのはずだと、思っていた。

 

「やっつはん!」

「……!?」

 

 幾度も呼びかけてきた声に、とうとう意識に火がついたように飛び起きた。

 そこには、いつもと変わらない徒寄花の洞窟の景色があり、そして、ここにはなかった色彩がヤツハを覗き込んでいた。

 

 賑やかに起こそうとしてくるクルル。

 それを諫めながら、溢れる情動を噛み締めるハツミ。

 ヤツハが待ち望んだ景色。ヤツハが待ち望んだ日。ヤツハが待ち望んだ、ふたり。

 大好きな友達が、顕現体を取り戻して会いに来てくれたのだ。

 

「くるるんさんっ、ハツミさんっ……!」

 

 差し出された二つの手を取ったヤツハは、立ち上がるよりもまず、その手を自分の頬に寄せて友のぬくもりを確かに感じた。

友との再会は、言葉に出来ないほど嬉しい。

 けれど、それだけではない再会が、ヤツハの胸を喜びいっぱいに満たしていた。

 

「もう……びっくりしちゃったじゃないですか。先に連絡してくれてれば、こんな寝顔でお迎えすることもなかったんですよ」

「いやー、それは――」

「分かってます。分かってますから」

 

 弁明するハツミをヤツハが遮った。

 誰に言伝を頼むでもなく、先触れすら出していない。けれど、だからこそ涙が滲んでくる。

 クルルとハツミは、他のあらゆることを差し置いて、ヤツハの元に駆けつけることを選んだということなのだから。

 

「ありがとう、ございますっ! またお元気な姿を見られて、私、嬉しい……!」

 

 見上げた友の顔は、雪解けのように綻んでいた。霜の降りた時間が、春を迎えてようやく動き出すような気がした。

 ただ、ヤツハが思い描いていた再会に、感涙に咽び泣く暇などない。

 ずっと温めていた言葉を胸に、ヤツハは今度こそ立ち上がる。

 そして切り出そうとした彼女だったが、

 

「あのっ――」

「ヤツハ」

「は、はい……?」

 

 機先を制されたようにハツミに名を呼ばれ、間の抜けた返事をしてしまう。

 見れば、クルル共々、彼女たちは何かを言いたげで……それは、まるで友との時間を待ち焦がれていたヤツハそっくりだった。

 望んでいたのは、自分だけではない。

 皆で一つの、友なのだから。

 

「また三人で、旅の続きをしましょう!」

「やつはんのだーいすきな、この桜降る代を、もっともぉーっと知りに行くのです!」

 

 自分の解明という終着のために、後ろ髪引かれながら歩んだ最初の旅路。

 不安に呑まれそうになりながら、急ぎ足で歩んだ帰り道。

 失意に一人古鷹まで彷徨ったときや、最後の決着のためにもう一度辿った家路など、言うに及ばない。

 

 まだまだ、見たりない。

 まだまだ、歩み足りない。

 隣に、愛する友がいなければ物足りない。

 ヤツハにとっての桜降る代を胸いっぱいに吸い込むために、もう一度……いや、何度だって巡りたい。

 それを大好きな友達から誘われたことが嬉しくて仕方なくて、何回も考えた誘い方も、満面の笑みの裏ですっかりどうでもよくなってしまった。

 

「はい、もちろんです! ずっと楽しみでしたから!」

「あー、なんだか待たせちゃったみたいで……合流はできたでしょうし、先に巡り始めててもよかったんですよ?」

「いえ……皆で、がよかったんです」

 

 申し訳無さそうなハツミに、ヤツハは穏やかに首を横に振る。

 それに、と彼女は地面を這う徒寄花の蔦を示して、

 

「しばらくは、何も起きないか見ていないとでしたし」

「ほっほぉーん。やつはんにそんな役目を押し付けるなんて、許せませんなぁ」

「あっ、そういうわけじゃ……。自分からも言い出したことですし、他のメガミの方もたまに様子を見に来られるんです。だから、私がここを空けるんだったら、とりあえずコルヌさんに相談しないとですね」

 

 先程までヤツハを温めていた毛皮も、コルヌが見かねたように与えてきたものだ。この見張り役は、一人ではあったが、孤独ではなかった。いつか来る再会を確信していたし、この地に害為す悪と謗られていたときに比べれば平気だった。

 しかし、この間訪ねてきたメガミのことを思い出したところで、ヤツハは久しぶりに見る友の容姿が、最も新しい記憶の中のそれと同じであることに改めて気づいた。

 

「あの……そういえば、お二人はまだ徒神のままなんですね……」

 

 天に瞬く星空で編まれたような、特徴的な装い。鏡を回収したことで、彼女たちもまた旅をしていたあの頃に戻るとばかり思っていた。

 不安げなヤツハが、サイネとトコヨの事例をかいつまんで話すと、クルルは胸を張って答えてくれた。

 

「それはとーぜんですぅ。ぷろせーすが別ですからねぇ」

「ぷろ……?」

「さいねんやとこよんは、向こう側からの余波に引っ張られてただけですぅ。対してー?」

 

 話しながらくるくると回ったクルルは、やがてぴたりと止まって、枯れた桜の根に這う徒寄花の蔦を指さした。

 

「くるるんたちはこの徒寄花とこねくとすることで、だいれくとな力の流れを作ったわけなのです! これこそだいばー君6号ですぅ!」

「は、はぁ……」

 

 相変わらず所々頭に入ってこない説明だったが、向こう側ではなくこちらの徒寄花へと、より深く存在を寄せたのだろうとヤツハは理解した。

 もちろん、それを聞いて心配が晴れることはなかった。

 しかしクルルは、まだ表情が曇りがちなヤツハを見て、いっそ背中が反り返りそうなほどさらに自信満々に説明を続けた。

 

「もちのろんですが、元には戻れるのでご心配なーく! 力の流れを曲げてるだけですから、ゆっくりたーっぷり、数日くらいですかね? 時間をかければ、切り替えることも可能なはずなのです! えっへん!」

「……それって、もし徒寄花に何かあったら、お二人は――」

「確かに、徒神もーどの間に、徒寄花がどうかしちゃったら、しょーじきくるるんたちがどうなるか分かったもんじゃないです」

 

 でも、とクルルはヤツハの両肩をがっちりと掴んできた。

 無垢なようで、ヤツハをはっきりと見据えた、信頼の眼差しと共に。

 

「そこは、やつはんがいればだいじょーぶです。ですよね?」

「は、はい! 頑張り、ます……」

 

 古鷹での戦いの最中は高揚がまだ打ち消してくれていたものの、友の命を握っていると考えると改めて責任を感じる。

 そうして双肩にかかった重みを味わっていると、

 

「それにまあ、この格好で旅する意味もありますし」

 

 ハツミが、やんわりとクルルの腕を離させながら言う。

 

「徒神が、それすなわち桜に徒成す邪悪なんじゃないって――人も、メガミも、隣人として一緒に歩んでいけるって、皆にも知ってもらわないといけませんから。少しずつ、少しずつ、桜降る代を漫遊するあたしたちを見てもらって、浸透させていくんです」

「皆にも、知って……」

「だから、いいんです。これでいいし、むしろこれがいいんです」

「……っ! ありが、とう……ございます……」

 

 また涙が溢れそうになってしまって、感謝の言葉を噛み締めた。

 運命を託された重さよりも、そうするに足ると信じてくれたことへの喜びが、胸の底からとめどなく溢れ出してくるようだった。この深い友情を前に、巻き込んだことを謝る未来は訪れないのだと、ヤツハはもう信じられるような気がした。

 

「さーってと、そうとなればどんな旅にするか考えましょう! ヤツハは次の旅、何がしたいですか?」

「おおっ、そーでしたそーでした。気になってたんですよぉ」

 

 重くなりそうだった空気を払うように、二柱が訊ねてきた。

 それにヤツハは、どう答えるかなんて考える必要がなかった。

 

「色々なことを、やってみたいんです」

 

 友とこれからを語るのに、きっと遠慮はいらない。

 目をきらきらと輝かせて、今まで胸に抱いてきた望みが次々と口から飛び出していく。

 

「古鷹の舞台を、観てみたい。天音での決闘も観てみたいですし、菰珠で青雲さんが開いてる大会にも行ってみたい……」

「おぅ、ないすやつはんちょいす!」

「自分も、桜花決闘をもう少し頑張ってみたいですし。後は鞍橋でたっくさんお店を見て回りたいですし、今度は龍ノ宮の街もゆっくり歩いてみたくて。七大名桜の残りを巡るのも考えてて、陰陽本殿には特に行ってみたいんです。稲鳴平野にも赤東の荒野にも、忍の里だったり桜花拝の大書庫とか、それから後は――」

「それからそれからぁ!?」

 

 身振り手振り、矢継ぎ早に零していたものが、クルルの合いの手で熱が込められていくのをヤツハは感じていた。ここを訪ねてきた者の話も聞きながら、少しずつ溜め込んでいった宝石のような未知が、弾けて溢れ出していくようだった。

 まだ続けようとしたヤツハだったが、ハツミの手が、次を促してくるクルルの口を掴んで止めたところで一息をついた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。気持ちは分かりますけど落ち着きましょう? とりあえず、前回落ち着いて見られなかった東側から回ってみるのはどうですか?」

「え……」

 

 ハツミに言われて、そのときの経路が脳裏をよぎった。天音から最短で北限に向かうのに、北部の中央を走る渓谷に沿って行ったのだ。

 ヤツハは思わず声を上げていた。

 

「そんなとんでもない!」

「え?」

「なんとか間に合って良かった、って安心したんですよ?」

「ん……?」

 

 ハツミの顔には、何を言っているか分からないとはっきり書いてあった。

 もしかしたら、ヤツハへの再会を急ぐあまりに、あんな大事なことを失念してしまっているのかもしれない。

 この旅でまず立ち寄るところなんて決まっている。

 

「来週には、海の漢祭があるんですよ!?」

「――――」

 

 首を捻ったまま、ハツミが固まった。きっと、彼女の脳内に颯爽と駆けつけてくれた筋肉たちに感極まっているのだろう。嬉しすぎるのか、口元もひくついている。

 

「あ、そうです! くるるんさん、また『さぷらいず』するのはどうですか? ハツミさんが徒神になっても、偉大な海のメガミ様のままなんだってところを、葦原の皆さんにしっかりと見てもらうんです!」

「なるほどぉ、そんなこともありましたねぇ。ま、やつはんとはつみんのためならこのくるるん、百肌くらい脱いじゃいましょう! そうと決まれば時間がない……急ぐのです!」

「はいっ!」

 

 

 手早く支度するヤツハをよそに、ガリガリと凍った地面の上で何かが引きずられる音がする。ちらりと見たら、氷像になったかのように動かないハツミが、クルルに引きずられて外に向かう音だった。

 こんな慌ただしい出発になるとまでは思っていなかった。けれど、この四ヶ月ばかりをここで夢にまどろむように過ごしていた身には、ちょうどいいのかもしれなかった。

 

 初めての目覚めと違い、今は手を引いてくれる者がいる。

 どこかにあると探していた自分は、もうこの胸にある。

 求めた居場所に一度見捨てられ、それでも掴んだ在り方に、もう迷うことはない。

 友を追いかけるヤツハは、だから一度、振り返った。

 まっすぐに、帰ってくる場所へ。

 

「いってきます」